「においが街に充満し、あちこちでハエが飛び交っていた。ペットボトルに酢と砂糖を入れた自家製のハエ取り器を置くと、あっという間にたくさん捕れた」
▼7年前、宮城県石巻市を訪ねた。街を一望できる日和山公園から写真を撮っていると、60代ほどの男性2人が「どこから来たの」と気さくに声を掛け東日本大震災の体験を語った
▼1人は地震が発生した年の夏を振り返り、魚が原因とみられる腐敗臭が街に漂い、それが忘れられないとペットボトルの話をした。もう1人は避難の途中、津波によって車ごと流された。仮設住宅に暮らしているという
▼2人は公園を訪れる人に、同じように体験を伝えていた。がれきが横たわる場所を見詰め、言葉を続けた。「石巻や福島、東北の復旧はほんとに時間がかかる。何かと、頑張らなぁ」
▼大震災から、きょうで8年。2月7日現在、沖縄で311人が避難生活を続ける。震災や東京電力福島第1原発事故の教訓を生かしたいとの思いで体験を伝える人々がいる。語りたくない、語れない。大切な人を失い、そんな思いの人たちもいる
▼震災の記憶継承に取り組む石巻市の団体によると、日和山公園では今も、津波で家族を亡くした市民らが訪問者に体験を伝えている。あの2人も誰かに声を掛け続けているのだろうか。その声は今を生きたかった人の思いでもある。