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<書評>『校註 尚家本 喜安日記』 他の写本と比較、読みやすく


<書評>『校註 尚家本 喜安日記』 他の写本と比較、読みやすく 『校註 尚家本 喜安日記』森威史著 榕樹書林・8800円
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 本書は1609年の島津氏による琉球侵攻を、琉球側から描いた貴重史料『喜安(きあん)日記』を翻刻したものである(附属して年譜・論考も所収)。なお、喜安日記はすでに親本(おやぼん)が失われ、数多くの写本が残されるのみで、写本間にも異同が存在する。

 喜安日記は戦前以来、さまざまな写本を利用して活字化され、戦後に限っても『那覇市史』(資料篇第1巻2、1970年)、また2007年に同じ版元である榕樹書林から刊行されている。では、なぜあえて本書が今、刊行されたのであろうか。それは本書の最大の特徴でもある、那覇市歴史博物館所蔵の、琉球国王家尚家に伝来したいわゆる尚家本(あえて書くがこれも写本)を初めて使用した翻刻である点にある。書名が『校註 尚家本 喜安日記』となっている所以(ゆえん)である。

 また、今一つの特徴は、翻刻にあたって他の写本との違いを比較し整理するだけでなく、難読の文字にルビや注釈をふんだんに付すことで、これまでのものよりも非常に読みやすいものに仕上がっている点にある。文字の違いを示すことは非常に根気のいる作業であり、それが一定程度なされたことは基礎研究の進展と評価されよう。今後、一般読者が喜安日記を読む際には、まず本書を手に取ることを薦めたい。

 その上で書評の責から、あえて本書の抱える課題についても述べておきたい。第一に、本書は尚家本を全面的に利用したことを特徴とするが、尚家本の表記が正確に反映されたものではない点がある。尚家本は本来、漢字交じりの片仮名表記であるが、読みやすさを追求したのか、すべて平仮名表記に改められている。読みやすさのために付されたルビや訓読点も、底本である尚家本にはないものが多く、凡例の不備もあって底本の取り扱いに統一性がない。

 第二に、尚家本の書誌的検討が示されず、重要な諸本(例えば形態の近い筑波大学蔵本)も未利用である。親本のない史料の校合(こうごう)は険しい道のりであり、著者の努力に敬服するばかりだが、研究利用上の課題を克服した定本・喜安日記の登場を期待したい。

(山田浩世・沖縄県立芸術大学准教授)


 もり・たけし 神奈川県横浜市生まれ。静岡文化財研究所学術顧問。主な著書に「徳川十五代甲冑と刀剣」や「家康の時計渡来記」など。