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<書評>『月ぬ走いや、馬ぬ走い』 島を愛するための希望と祈り


<書評>『月ぬ走いや、馬ぬ走い』 島を愛するための希望と祈り 『月ぬ走いや、馬ぬ走い』豊永浩平著 講談社・1650円
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 本書の魅力は14人の語り手による多彩な語りの文体にある。小学生の日記、職業軍人、高校生、徴兵された知識人将校…等々。読者として、不意に共感してしまう登場人物も見つけられるだろう。語り手の視点を滑らかに繋(つな)ぐ手法も、群像新人文学賞を得て雑誌に掲載されたときから評判となっていた。そして彼ら彼女ら14人を貫く装置として、天皇陛下から下賜された「恩賜(おんし)の短刀」がある。日本という帝国と家父長制の象徴だ。

 14人の語り手は大きく戦中戦後の過去の人物と、現在の人物に分けられる。島尻と菜嘉原(なかはら)という二つの姓もキーワードになる。過去の部分は少し読みにくいかもしれない。読みにくいところは飛ばして、後で読み返してもいいと思う。読書会に参加して、分からない箇所を語り合うのもいい。現在の人物の語りではある事件が示唆されていて、そこだけを読んでも謎解きをする楽しみがある。

 また、本書は沖縄文学が長年取り組んできたテーマを継承している。暴力のトリクルダウンだ。上官から部下へ、兵士から民間人へ、夫から妻へ、親から子へと、暴力は弱い方に連鎖していく。暴力は世代を通しても継承される。この現実をどうしようか。

 けれども、私たちには言葉がある。本書の題である黄金言葉(くがにくとぅば)「月(ちち)ぬ走(は)いや、馬(うんま)ぬ走(は)い」は、現実の困難に抗う言葉として位置付けられている。その箇所を引こう。

 「馬さながらに歳月は駆け抜けてしまうのだから、時をだいじにすべし、けれど苦悩は結局なくなるものとしてほうってしまいなさい!(原文太字)」

 この言葉を実践することは容易ではない。自らの苦悩を捨て、目の前の人を愛することはできるのか。14人のうち数人はそれに成功し、数人はそれに失敗した。数人はその岐路に立たされている。小説には余白がある。私たちも日々の暮らしの中でその岐路に立たされている。

 願わくは、本書を全ての沖縄県民に読んでほしい。本書には私たちが、私たちの島を愛するための希望と祈りが込められているのだから。

 (高良真実・歌人、文芸評論家)


 とよなが・こうへい 2003年那覇市生まれ。琉球大学人文社会学部在学中。24年、本作で第67回群像新人文学賞を受賞。