八重山の叙情歌・トゥバラーマの一節に「ウター イズスドゥ ヌス」(歌は歌う者こそ主)のフレーズがある。これは歌の本質を突くものだが、その一方で聴衆をはじめとする社会的環境がなければ、歌は成立しない面もあろう。著者は民俗芸能を「各々の時代の社会的・歴史的背景を土壌として咲く花」に例えている。「歌は世につれ 世は歌につれ」。芸能が無形文化財と言われる所以(ゆえん)である。
本書は沖縄・奄美の芸能を長年、各地の祭祀(さいし)の場やジャズバーに至るまで調査研究された著者による論考で充実している。先行研究の蓄積や成果が的確に整理され、具体的な事例や史料の援用も絶妙で、興味深く読ませるものである。多彩な芸能に対する分析的なまなざしと、それを統合していく論述が、知的好奇心を満たしてくれる。
本書の副題に「民俗芸能の伝統と創造をめぐる旅」とあるが、「伝統」と「創造」の相克は芸能分野において大きな課題の一つ。「宮古のクイチャー―伝統と創造の拮抗」の項目ではそれが顕著に記されている。
本来、歌いながら踊るクイチャーに三線伴奏が加わった結果、歌声の力強さが失(う)せていった現象が述べられる。しかし、それは負の側面だけでなく、音楽的な効果を追求する宮古の人々の選択であって、こういった創意工夫が伝統芸能の多様化や洗練を促進させてきたという良さにも触れている。
また、「創作エイサー」の項目にも「伝統性と現代性の競合」という副題が付されている。近現代を通じてエイサーは今や世界中で演じられ、その広がりが認められている。現在の八重山を振り返ると、エイサーは第2次世界大戦後に本島からの移民地域で演じられるほか、クラブチーム型のエイサーも盛んである。それらに対して本来、八重山にエイサーはなかったという指摘もあるが、現在の潮流も世界を視野とした芸能史のダイナミズムに位置付けることが可能であろう。
沖縄・奄美において、日々生成・展開して生まれ続ける芸能を思うと、本書を携行して旅に出たくなるのである。
(飯田泰彦、竹富町教育委員会町史編集係)
くまだ・すすむ 1961年高知市生まれ。県立芸術大学・芸術文化研究所教授。専門は日本、沖縄を対象とした民族音楽学、民俗芸能論、ポピュラー音楽論。主な著書は「沖縄芸能のダイナミズム 創造・表象・越境」(共編)など。