prime

<書評>『琉球文学の展望』 様々な生が広がりを裏打ち


<書評>『琉球文学の展望』 様々な生が広がりを裏打ち 『琉球文学の展望』島村幸一著 文学通信・8800円
この記事を書いた人 Avatar photo 外部執筆者

 奄美・沖縄・宮古・八重山の島々のことばによって生活の様々(さまざま)な場面で歌われてきた短詩形・長詩形のウタの存在は、琉球文学を大きく特色付ける。本書には宮古島狩俣の神女が歌う神歌や、首里王府の役人が公事にあたり国王・聞得大君に向けて述べた誓詞「御拝ツヅ」など、様々なウタが取り上げられている。それらに対し著者は一貫して、ウタを発する人と、ウタが発せられる時空とに注目して考察している。

 首里王府の宮廷儀礼歌謡集『おもろさうし』に収められる「オモロ」についても、声により歌われたウタという観点からの読解のうえに、本書では『琉球国由来記』や尚家文書の日記史料が参照され、絡み合う歴史に浮かび上がる『おもろさうし』の特質が考察される。

 口頭性を基本とするウタとともに、著者の文学論は琉球の人々が担った和歌・和文、漢詩・漢文をも含み込む。例えば18世紀初頭の「江戸立」(江戸上り)に臨んだ程順則・玉城朝薫は、琉歌、ヤマトの芸能、漢詩及び、中国からの文物・情報をたずさえて外交の場でそれらを適宜提示し、琉球国の立場を表現した。また18世紀半ばに土佐に漂着した琉球船の船員への聞書による『大島筆記』からは、琉球船に積載された和書と中国の文物が薩摩との交際に活用されていたことがうかがわれる。

 加えて歴史叙述も文学研究の射程に入る。本書では王府の正史『球陽』と宮古島士族の家譜との叙述のずれに「物語」が見いだされる。さらに琉球文学の外縁は、琉球の自己認識に影響した外部者による文学にも及ぶ。

 最終部では戦前から戦後にかけて「沖縄学」とともに歩んだ島袋源七の研究が掘り起こされる。柳田国男・折口信夫・伊波普猷らと関わりながら東京での沖縄文化協会の活動に尽力し、研究の素材を掘削した源七は、眼前の児童を助ける情の深い教育者でもあった。本書で示される琉球文学の遙かなる広がりは、様々な人の生に裏打ちされており、本書は今後の研究への確かな展望となっている。

 (澤井真代・多摩美術大学非常勤講師)


 しまむら・こういち 1954年生まれ。立正大学文学部教授。専門は琉球文学・琉球文化史。主な著書・編著に「『おもろさうし』と琉球文学」「琉球 交叉する歴史と文化」など。