prime

<記者コラム>父は銀行員だった 当間詩朗(政経グループ経済班)


<記者コラム>父は銀行員だった 当間詩朗(政経グループ経済班)
この記事を書いた人 Avatar photo 当間 詩朗

 10年ほど前に定年退職したが、父は銀行員だった。継続雇用制度で65歳まで勤めた父は約40年の銀行員生活の中でも審査部での勤務が一番長かったという。

 父は長く「保全」という業務に携わったそうだ。分かりやすく一例を挙げると、住宅ローン債務者の返済が困難になると、当該住宅を売却し、返済資金を確保するほか、場合によっては差し押さえたり、競売にかけたりして、融資したお金を守るという。正直、恐ろしい仕事だと思った。

 「恨まれたりしないの?」。そう聞くと父は「むしろ感謝された」と笑った。

 家を取り上げられて感謝?いまだに理解できないが、父によると「払えなくなったローンをどうにかしてくれた」ということらしい。父の仕事に由来するものは、私の生活にも身近にある。自宅玄関にある姿見鏡は父が支店勤務時に融資先だったガラス業者が仕立てた。玄関壁の寸法を測って造ったオーダーメードだ。退職後でも、融資先との縁が息子の私にもあるのだと気付かされた。

 4月から経済班で金融取材の担当になった。入社12年目にしての未知の世界で戦々恐々としている。延滞債務者から感謝され、昔の融資先との付き合いが退職後もある父をいまになって見直してもいる。決算など膨大な数字と向き合う仕事はまだ慣れないが、日々勉強していきたい。銀行員の皆さんの情熱ややりがい、顧客との向き合い方なども聞いてみたい。