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見方が広がるということ 廣瀬真喜子(沖縄女子短期大学児童教育学科教授)<未来へいっぽにほ>


見方が広がるということ 廣瀬真喜子(沖縄女子短期大学児童教育学科教授)<未来へいっぽにほ>
この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社

 今から十数年前、市町村で発達検査の仕事をしていました。発達に凸凹が大きい子のアセスメントをするものです。経験のある先輩にやり方を教わり、同じ分野の方たちとの勉強会に参加していく中で、障がいの捉え方や考え方も変化していきました。

 出会う子どもたちの中には独自の感覚の子もいて、そこに私の未熟さも加わり検査がままならないことも多かったですが、回を重ねるごとにその子に合ったコミュニケーションをとれるようになり、次第にその子の良さも見えてきて、見方も広がり、やりがいも感じるようになりました。一緒に仕事をした市町村の保健師さんは子どもの育ちの保障を考え、親身になって保護者対応をなさっていましたし、その子にとって最適な環境を整えたいという熱意ある先生方ともたくさん出会いました。

 「子どもが感じている世界はさまざまであること」「子どもの行為には必ず意味がある」など、いま、保育や教育の講義で話をする時には、その頃の経験が礎になっています。現在は当時に比べると法や制度などで、子どもの遊びや学びが保障される仕組みは整いつつありますが、その実現には、大人の知識の習得や丁寧な関わりが必要です。実際、保育者・教育者を養成するカリキュラムや保育・教育現場向けの研修には、発達の凸凹に関する知識の習得も含まれています。一方、一人一人の育ちを保障するという視点では、もっと多くの人員配置が社会からも求められています。

 今回が最後の執筆となりました。今後も全ての子どもにとってどのような環境が望ましいのか、養成校の一教員として考え続けていきます。