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先祖からの贈り物 上條さなえ(児童文学作家、元埼玉県教育委員長) <未来へいっぽにほ>


先祖からの贈り物 上條さなえ(児童文学作家、元埼玉県教育委員長) <未来へいっぽにほ> 上條さなえ
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 苦学して小学校教員になって4年目に2年生の担任になった。いつのころからか、私は転校していく子どもと小さなレストランで食事をすることにしていた。10月に転校したユースケはクラスのリーダー的存在だった。そのユースケと食事をしたとき「先生、幸せになんなね」と言われた。私が驚いて「何でそんなことを言うの?」と聞くと、「先生、七夕の短冊に幸せになりたいって書いてたから」と教えてくれた。その瞬間、私は教員失格だと思った。本来なら私が子どもたちを幸せにするべきなのにと反省し、その年度で教員を辞めた。私は夢を失った。

 やがて、人の紹介で結婚が決まったが、私の全財産は3万円だった。式場で3万円の振り袖を借りた。当日、美容師に「これは新品ですが、お客さまの持ち込みですか」と聞かれた。「いえ、一番安いのを借りました」と答えると、「あー、皆さん一番安いものより5千円高いものを選ぶんですよ。ですから、この振り袖は誰にも借りられず新品だったんですね」

 美容師さんの説明に私は泣きそうになった。それは、ある種の感動と言ってもよかった。「私は守られている」。生まれて初めて先祖の愛を感じた。お金がなかったために選んだ振り袖が新品だったことを偶然とは思えず、先祖からの贈り物のように感じたのだ。

 真っ白な着物地に鮮やかな緑色の松が描かれた振り袖を着た私の、泣き笑いのような表情の写真が、今も宝物だ。(先生、幸せになれそう)。私は心の中でユースケに語りかけた。私が教員に戻ることはなかったが、あの日、先祖の贈り物のおかげで私はいつも幸せの大きな雲に包まれた安心感とともに生きられた。

上條さなえ かみじょう・さなえ

 小学校教員を経て1987年児童文学作家デビュー。著作は60冊。幼少期にホームレス同然の暮らしを送った体験記も出版。元埼玉県教育委員長。現在は沖縄在住。50年生まれ、東京都出身。