激戦地の遺骨収集、具志堅さんに同行した 辺野古に土砂使用「非道徳的だ」 


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土中から掘り出した骨を調べ、「右腕のようだ。細いから女性のものかもしれない」と話す沖縄戦遺骨収集ボランティア「ガマフヤー」代表の具志堅隆松さん=11日、糸満市

 名護市辺野古の新基地建設工事の設計変更承認申請を巡り、沖縄戦遺骨収集ボランティア「ガマフヤー」代表の具志堅隆松さん(66)は、いまだ多くの戦没者の遺骨が埋まっている本島南部からの埋め立て用土砂の採取を認めないよう県に求めている。11日、糸満市で遺骨を収集する具志堅さんに記者が同行し、作業を体験した。この日も腕の一部とみられる遺骨が見つかった。具志堅さんは、多くの人が犠牲になった南部の土砂を使って新基地を建設するのは「非道徳的だ」と改めて批判した。

具志堅さんに聞いた「なぜ遺骨を掘り続けるのですか」

 本島南部の土砂採取は、沖縄防衛局が今年4月に県に提出した、工事の設計変更承認申請に新たに盛り込まれた。採取場所は糸満市と八重瀬町とされ、調達可能量は、県内で最多の3万1000立方メートル余り。具志堅さんは、県に同申請を承認しないよう求める意見書を先月、提出した。

石や木片に混ざり、下あごとみられる遺骨もあった

 11日、具志堅さんの案内で、糸満市伊敷の国道沿いから雑木林に分け入った。少し進むと右手に大きな岩のくぼみがある。具志堅さんは、3年ほど前にそこから日本兵とみられる遺骨を見つけた。さらに、その裏にある岩と岩の間にも住民とみられる2体の遺骨があったという。沖縄戦で第32軍司令部が首里から摩文仁に撤退し、激戦地となった南部の「軍民雑居」状態を表していた。

 狭い岩の隙間をかがんで上ろうとしていた途中、地面から出ていた骨の先端に具志堅さんが気付いた。「けっこう長いよ」。記者が掘り進めると、見つかったのは右腕の一部とみられる遺骨だった。「女性のものだろうか」、具志堅さんがつぶやいた。

遺骨は草や木とほぼ見た目が変わらない。指の先にあるのは遺骨の一部

 それから30分近く、記者は骨の下の土をこてで掘り続けた。しかし、出てくるのは、見た目が遺骨と変わらない木の皮や石ばかりで「遺骨と思ったら違った」を繰り返し、数片の遺骨のかけらを見つけた。具志堅さんは遺骨収集について「石をひっくり返したり、土を掘り返したりと根気のいる作業」と話す。「重機で土砂を採取すれば遺骨も一緒に入ってしまうのでは」と危機感をにじませる。  本島南部の砕石場では、糸満市喜屋武、八重瀬町仲座で戦没者の遺骨が見つかっている。具志堅さんは「戦争で亡くなった人の血や肉が染みこんだ土や石を、新たな軍事基地建設に使用するのは人間のやることじゃない」と強い口調で訴えた。

 (中村万里子)

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