社会

沖縄戦に動員された住民の被害、日本軍部隊の駐屯地で拡大

琉球政府社会局援護課がまとめた「軍属に関する書類綴」(佐治暁人氏提供)

 1945年の沖縄戦における住民の「根こそぎ動員」に関し、公開された資料や体験者への聞き取りから動員の経緯や状況などが明らかになっている。1956~57年に琉球政府が各市町村で動員に関わった人への聞き取り調査でまとめた「軍属に関する書類綴(つづり)」を本紙が確認したところ、第24師団の大隊や中隊が駐屯した高嶺村(現糸満市)では45年1~3月にかけ、男女約107人が炊事婦、看護婦、臨時雇用員、事務員などとして動員され、少なくとも75人が死亡した。ほかにも部隊が駐屯した地域で住民の動員人数が多く、非戦闘員である女性が巻き込まれるなどの被害も大きかった。

根こそぎ動員とは?法的根拠なく、戦闘に巻き添え…

 大阪経済法科大学アジア太平洋研究センター客員研究員の佐治暁人氏が「軍属に関する書類綴」を2014年に入手した。琉球政府社会局援護課は援護法適用に関し、戦死した軍属の調査を56~57年にかけ、県内各市町村で元兵事主任や当時の区長、生存者などに聞き取り調査し、綴としてまとめていた。同資料は、援護法適用にも活用されたとみられる。

 綴によると、西原村(現西原町)には第62師団の大隊などが駐屯し、女性65人が炊事婦、縫製工、看護婦などとして動員され、24人以上が死亡した。

 地域に駐屯する部隊が役場や区長、青年学校などに住民を入隊させるよう命じた。越来村(現沖縄市)など住民の避難壕を部隊が訪ね回り、直接入隊を求めた事例もあった。軍は住民を動員する権限がなかったが、住民は命令としか受け取れない状況だった。

 本紙取材に応じた沖縄戦体験者も、同様の状況を証言している。玉城村(現南城市)の当時16歳の女性は、区長から指示を受けて入隊し、従軍した。高嶺村の女性は、婦人会長と青年会長から「20歳までの女子青年は集まれ」と告げられ、公民館に集まった40人に日本兵が所属部隊を指示していたと証言した。「入隊は断り切れなかった」とも証言し、住民らにとって事実上の“強制”だった。

 住民の動員を巡っては、22年度から使用される一部の中学歴史教科書で「沖縄戦では日本軍はよくたたかい、沖縄の住民もよく協力した」などと自発的な意思による戦闘参加と受け止められる記述が問題となり、沖縄戦体験者が沖縄戦の実相がゆがめられていると反発している。

 「書類綴」を入手した佐治氏は「沖縄戦は本土に比べ、女子軍属の死亡者数の多さも突出している。資料や証言を基に実態の解明が期待される」と話した。(中村万里子)

【根こそぎ動員の証言】

「断ったら殺される」壕堀り、労働…91歳女性が語ったこと

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>>根こそぎ動員された住民の地域別データと年表はデジタル版(6月23日付14面)で



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