【ちむどんどん第67話】川崎と沖縄のつながり 朝ドラ「ちむどんどん」キーワード集【ネタバレ注意】


この記事を書いた人 Avatar photo 仲井間 郁江
2014年に開催された「川崎沖縄県人会創立90周年記念芸能公演」=神奈川県川崎市のサンピアン川崎

 第66話の最後、男性に絡まれて困っていた女性を助けた暢子(黒島結菜)の兄・賢秀(竜星涼)。第67話では女性が、自分が青森出身で、神奈川県川崎のおもちゃ工場に出稼ぎに来ていたことを知り、またまた一人で恋の炎を燃やすのでした。一方やんばるでは優子(仲間由紀恵)に、自身が働く共同売店の責任者・善一(山路和弘)との縁談話が持ち上がっていました。

 青森出身の女性が働いていた川崎は、沖縄出身者も多く出稼ぎにいった場所で、現在も沖縄県人会が盛んに活動をしています。川崎沖縄県人会は、1919年、神奈川県川崎市の富士ガス紡績(今の川崎競馬場)に就職した沖縄出身者が元となったとされています。

 1923年の関東大震災を県人同士で助け合って乗り越え、24年に正式に県人会を発足。50年には川崎沖縄芸能研究会を立ち上げるなど、芸能にも盛んに取り組みました。

「沖縄民俗芸能」は54年に神奈川県の無形文化財(1976年には重要無形民俗文化財)に指定されました。県人会には、ピーク時には200世帯以上が加入し、世代を重ねながら現在も約180世帯が加入しています。

 


>>【まとめ】ちむどんどんキーワード集

▼ちむどんどんってどんな意味?

▼復帰前の沖縄、映画館と遊園地はなかった?

▼意味深な民俗学者の一言「19年の空襲で…」って?

▼「とうしんどーい!」って何? 沖縄県民には結婚式や旧盆でおなじみの曲

▼「まーさん」と言えば…ピンクと黄色のあのマーク?