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NHK朝ドラ「ちむどんどん」

【ちむどんどん第3話】復帰前の沖縄、映画館と遊園地はなかった? 朝ドラ「ちむどんどん」キーワード集

沖縄の映画界についての寄稿を掲載した1965年の琉球新報紙面

沖縄全体ではピーク時に映画館100館以上、那覇には遊園地も

 NHK連続テレビ小説「ちむどんどん」13日の放送では、東京から沖縄のやんばるへとやってきた転校生・青柳和彦が「テレビもない、映画館と遊園地も」と愚痴る場面がありました。ヒロイン・暢子たちの住む地域には、映画館も遊園地もないようです。誤解のないよう申しますと、沖縄全体で見ると、1964年当時でも両方ありました。

 遊園地は那覇市のリウボウ屋上に「リウボウスカイランド」(屋上遊園地)、映画館は1948年の戦後初の映画館・アーニーパイル国際劇場の誕生を皮切りにピーク時には、100館以上もありました。1965年1月1日琉球新報には、当時映画館を多数経営していたオリオン興業の富島喜幸常務による寄稿が載っています。寄稿によるとピークの1959年度は劇場数110館に対して、800万人を動員し、興収は212万ドルで、1964年度は劇場数は不明ですがで500万人を動員し、176万ドルの興収があったようです。

 ちむどんどんの放送は月曜から土曜日の午前8時。(土曜日は1週間の振り返り)午後0時45分から再放送。


>>【まとめ】ちむどんどんキーワード集

▼ちむどんどんってどんな意味?

▼復帰前の沖縄、映画館と遊園地はなかった?

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