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「全容解明に第一歩」32軍壕、第1坑口を確認 関係者が歓迎「見える化」要望も 沖縄 


「全容解明に第一歩」32軍壕、第1坑口を確認 関係者が歓迎「見える化」要望も 沖縄  第5坑口付近から出土したトロッコのレール。平行にカーブを描く2本のレールがはっきり分かる(県提供)
この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報朝刊

 沖縄戦を指揮した第32軍司令部が拠点にした首里城地下の壕を巡り、県の調査で第1坑口の正確な位置などが確認された。

 保存・公開に向けて尽力してきた関係者からは歓迎の声が上がった。沖縄戦が専門で第32軍司令部壕保存・公開検討委員会の委員を務めていた吉浜忍元沖縄国際大教授は第1坑口の正確な位置が確認されたことについて「全容解明に向けて第一歩だ」と評価した。一方で、「第4坑口の位置などまだ解明すべきことはたくさんあり、これで終わりではない」と語り、調査継続の必要性について言及した。

 司令部壕は、米軍による調査や1968年の沖縄観光開発事業団による調査などこれまで何度か調査が試みられたが、坑道の崩落や予算の問題などもあり、全容解明には至っていない。

 吉浜さんは「戦後79年が経過する中、見つかった坑口や坑道をどう保存し、公開するか議論を進めるべきだ。司令部壕に関する資料はそろっていない。次の課題として、司令部壕に関わった学徒隊などの手記や証言を集めるなどすべきだ」と提言した。

 同壕の保存・公開を求める会の垣花豊順副会長は「80年近くふさがれて、どこにあるのかもわからず、首里城内の案内地図にもなかったものが、地道な活動によってやっとここまできた」と評価した。

 日本軍を美化するような歴史修正主義の動きも警戒し、「公開に向けて、語り部の教育にも力を入れていきたい」と力を込めた。

 同壕の保存・公開を求める会の前城直美事務局次長も今回の結果は「保存・公開に弾みがつく」と歓迎し、「第1坑口には公開前から案内板を立てて、首里城の復興の状況を見せているように、見える化をしていってほしい」と県に要望した。

  (吉田健一、南彰)