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<記者コラム>沖縄戦の実相 吉田健一(暮らし報道グループ暮らし統括班)


<記者コラム>沖縄戦の実相 吉田健一(暮らし報道グループ暮らし統括班)
この記事を書いた人 Avatar photo 吉田 健一

 沖縄戦から79年となる慰霊の日を迎えた。慰霊の日が近づくたびに、沖縄戦を指揮した日本軍第32軍が首里から南部に撤退しなければどれだけの住民が命を奪われずにいられたかと考える。沖縄県史によると、本島南部15町村で亡くなった戦死者は約3万2千人で、中でも真壁村、摩文仁村は人口の約5割が沖縄戦で亡くなった。

 南部撤退を決めた32軍の牛島満司令官は自決の数日前、「最後の一兵まで戦い悠久の大義に生きよ」との命令を発した。命令により、組織的戦闘が終わったとされる6月22日(23日説もある)以降も県内各地で局地的な戦闘が続き、敗残兵による住民虐殺も相次いだ。先日、沖縄戦体験者の男性を取材した。男性は「一番怖かったのは友軍だった」と語った。軍国少年だったという男性は戦時中に北部の山中で日本兵による住民虐殺を目撃した。

 県民を恐怖に陥れた〝友軍〟のトップだった牛島司令官の辞世の句が、陸上自衛隊第15旅団の公式ホームページに掲載されている。戦争体験者らから抗議の声が上がるが、15旅団は「問題認識はない」として削除しない構えだ。自衛隊の傲慢さと沖縄戦に対する無理解が透けてみえる。7月には自衛隊発足から70年の節目を迎える。自衛隊が市民に開かれた組織になるためにも沖縄の記者として沖縄戦の実相を正しく伝えたい。それは、戦意高揚に加担した沖縄メディアの責務でもある。