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【どんな人】「国防族」とされる中谷防衛相 辺野古新基地を推進、沖縄の選挙にも関与


【どんな人】「国防族」とされる中谷防衛相 辺野古新基地を推進、沖縄の選挙にも関与 入閣の知らせを受けた後、記者の質問に答える中谷元氏=1日、議員会館事務所
この記事を書いた人 Avatar photo 明 真南斗

【東京】中谷元防衛相は1日、石破茂首相との会談を終えて取材に応じ、沖縄の基地負担軽減についてどう取り組むか問われ、頻繁に来県する意向を示した。「沖縄に寄り添っていく。沖縄の皆さんから話を聞いた上で、理解を頂きながら進めていく必要がある」と語った。

 2001年の防衛庁長官時代について「普天間飛行場の名護市辺野古移転を進めていく事を決定した。あの時は国と名護市と県が非常によく話し合いながら進めてきた」と振り返った。その上で「そのような事ができるように、特に県のご理解を頂けるように、頻繁に沖縄を訪問して(政府の考え方を)説明したり地元の人の話を聞いたりしていきたい」と話した。

 石破氏が掲げる日米地位協定改定や北大西洋条約機構(NATO)のアジア版については「防衛省だけの所管ではなくて、内閣全体で検討しなければならない」と述べた。 

防衛相に再登板した中谷元氏は過去にも防衛庁長官や防衛相として沖縄に関与し、米軍普天間飛行場移設に伴う名護市辺野古の新基地建設を推進してきた。特別な戦闘能力を備えるレンジャー隊員の教官も務めた元2等陸尉で「国防族」とされる。大臣などに就いていない時期もたびたび来県しており、基地問題や県内選挙に関わってきた。

 2001~02年の防衛庁長官時代は、辺野古移設について「15年使用期限」を掲げていた稲嶺恵一知事(当時)と交渉した。党副幹事長だった13年には、自民党内に置かれた移設問題の特命担当に就いた。

 14年の名護市長選では、辺野古移設推進候補の一本化に向けて来県し、島袋吉和元市長に出馬の断念を働きかけた。

 政府が県に約束していた普天間飛行場の「5年以内の運用停止」について、前回の防衛相時代(14~16年)に説明を変節させた経緯がある。15年3月には「飛行機が飛ばないということだ」と説明したが、同4月に「幻想を与えるようなことは言うべきでない」として撤回した。

 20年には玉城デニー知事と会談し、新基地建設について軍民共用や自衛隊との共同使用を改めて提案した。