<金口木舌>二つの創刊日、伝えた130年


社会
<金口木舌>二つの創刊日、伝えた130年
この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報朝刊

 130年前のきょう創刊した本紙は1940年12月の3紙統合でいったん歴史を閉じた。沖縄戦を挟んで45年7月26日、「ウルマ新報」として再出発する。更紙にガリ版刷り。週刊だった

▼米軍提供の記事を翻訳して載せた。日本降伏を報じた8月15日付の大見出しは「渇望の平和愈々到来」。戦争をあおった戦前、戦中の記事を読まされてきた読者はぼうぜんとしたはずだ

▼日本本土とは異なる時を本紙は刻んだ。9月1 2日付では約1カ月遅れで天皇の「終戦の詔書」が載った。収容所にいた読者は「堪へ難きを堪へ、忍び難きを忍び」の文字に何を感じたであろう

▼この日は9月7日に越来村森根であった降伏調印式が載った。外電で米海軍が沖縄領有を議会に提議したとも伝えた。すっかり変色した紙面は27年に及ぶ米統治のとば口にある沖縄を記録する

▼2つの創刊日を持つ本紙。ヤマト世からアメリカ世、そしてまたヤマト世という激動の130年を伝えてきた。私たちの新聞作りはこれからも続く。伝えたいのは、平和で元気なウチナー世だ。