2024年に公開された映画「不死鳥の翼」は首里城の焼失をテーマとし、沖縄県那覇市出身でダンス・ボーカルグループ「Folder」元メンバーのAKINA(39)が主演した。サックス奏者の夢に挫折して立ち上がる姿を、再建に向かう首里城、そしてAKINA自身の道のりに重ねた。AKINAが語ったこととは――。(聞き手・嘉手苅友也)
順調なデビュー、気づいたDAICHIの大変さ
―安室奈美恵さんやSPEEDなどのスターを生み出した沖縄アクターズスクールから、「Folder」は1997年にデビューした。
「安室奈美恵さんに憧れて、小学5年生で『安室奈美恵を目指せ!ニュー・スーパーモンキーズオーディション』を受け、沖縄アクターズスクールに入りました。6年生でデビューしました。周りの子どもたちが遊んでいる中、私はレッスンで忙しくしていました。テレビ番組『ポンキッキーズ』のレギュラー出演や、『THE夜もヒッパレ』などのほとんどの歌番組にも出られました。3カ月に1回は新曲をリリースし、文句のない(順調な)状況に映っていたと思います」
―やがて仕事の大変さを感じ始めた。
「DAICHI(三浦大知)が変声期に入り、Folderは解散しました。新たに2000年に結成したFolder5(満島ひかりら女性メンバー5人)でメインボーカルを務め、DAICHIの大変さに気付きました。メインボーカルには、歌のうまさだけでなく、メンタルの強さも必要でした。歌うのは楽しいだけではないと。他のメンバー4人がダンスレッスンを受けているときに、私はレコーディングをしているときがありました。ダンスで遅れたくないから人一倍練習したけれど、他と比べて『あの子は吸収がいいな』『私はダメだな』と自分を思い詰めることもありました。学校も仕事もあってパンパンでした」
「歌って踊る」10代から、仕事の幅を広げた「転機」
―2003年にグループを解散した後、ソロで活動を始めた。
「メンバーに負けたくないという気持ちが私の原動力だったことに、ソロデビューして気付いた。グループにいて大変だと感じていたことが、自分を燃やしてくれていたんです。歌を続けたかったですが、グラビアやバラエティーなど歌と全然違う仕事がありました。10代は歌って踊ることしか分からなかったから、『今やるべき事なんだ』と切り替えて頑張りました」
―転機は。
「自分でやりたいと言って、舞台俳優、ドラマ、ミュージカルと仕事を広げました。それから、振付師の仕事をもらえたり、子どもが生まれてからは『親子のための音楽会』を開催できたりしました。サックス奏者としても活動していて、今回の映画の出演にもつながりました。形を変えながら自分のやりたいことを続けられています。これまでの経験があるから、歌につながる表現力も度胸もつきました」
夫・ビビる大木との出会い、沖縄への思い
―今、芸能活動を振り返って。
「沖縄の人は戦争を体験しているのに、明るく前を向いて『なんくるないさー』と生きています。シンプルなことだけど、すごいことです。仕事をやっていると落ち込むこともあるけれど、悲劇も喜劇だという発想で、明るく捉える自分でありたいと思っています。そんな沖縄で育ったから仕事を続けてこられました。デビューして辞める人たちもたくさん見てきました。結婚しても変わらずに続けられることを幸せに思います」
―夫は芸能人のビビる大木さん。
「バラエティーに出ていたから、天野さん(お笑いコンビ・キャイ~ン)と知り合い、夫(ビビる大木)に出会えました。今は幸せだから、いろいろやってきて良かったと思います。FolderのメンバーとはグループLINEがあって、『誕生日おめでとう』と伝え合う仲です。デビュー25周年ライブでは、メンバーのARISAがゲストに来てくれて、Folder5の曲を一緒に歌いました」
―映画で演じた「赤田奏」も挫折から立ち上がった。
「奏はサックス奏者の夢を諦めたわけではありません。またサックスを始めようと思ったら、何度でも始められることに気付くんです。つらい気持ちにふたをするのではなく、つらさを認めて一緒に歩んでいけるのだと思いながら演じました。(焼失のたびに再建されてきた首里城のように)沖縄の人は何度でも立ち上がることができるんです」