1億年前の石を使った、ロマンある印刷
那覇市宮城にある「版画工房 コントルポワン」は、画家・版画家の長嶺斉(ながみね・ひとし)さんが主宰する工房兼教室。天然石やアルミ板の上に専用の描画材で絵を描き、プレス機で印刷をする「リトグラフ(石版画)」が学べる、県内では珍しい工房だ。主宰の斉さんと助手を務める妻の百合香(ゆりか)さんにコントルポワンでの取り組みについて取材した。
リトグラフとは、18世紀にドイツで発明された、水と油の反発作用を応用した印刷技法。「作業工程は複雑ですが、繊細な表現や柔らかく透明感のある色合いにいたるまで、描いたものが忠実に出るのが魅力です」と斉さんは語る。石板やアルミ板の表面に油脂性の描画材で絵を描き、硝酸アラビアゴム液を塗る。すると化学反応により描画した部分はインクを引き付けやすい「親油性」に、描画していない部分は水を引き付けやすい「親水性」に変化する。こうしてできた版面に、スポンジで水を引きながら色インクを巻き付けたローラーを転がすと、絵柄(親油性の部分)にのみインクが付着し、刷り紙に絵柄が転写される仕組みだ。
リトグラフで使用する石は、およそ1億年前の南ドイツの地層から採れる石灰石。アンモナイトの化石などが入っていることもあるというから驚きだ。コントルポワンでは、古い印刷所やヨーロッパの工房で使われていたものなどを譲り受けて使用。百合香さんは「1億年前の石を、いろんな時代のいろんな国の人が使ってきたというロマンがありますよね」と頬を緩ませる。
一度描いた絵は石版表面を研磨することで繰り返し使えるが、そのぶん薄くなりプレスした際に割れやすくなるため、不要な石灰石を裏打ちして補強するのだという。
沖縄らしい作品に応用
斉さんの作品「Waterdrop」には、その名の通り水滴のような楕円の中に鳥や蝶、花や人物などが描かれている。同名の別作品には、琉装を着た女性やフヨウ、イソヒヨドリなど沖縄らしいモチーフを取り入れた作品もある。いずれも、色彩豊かで見るものを引き付ける。
「沖縄の鮮やかな色合いを表現するには、フレッシュな発色のリトグラフは向いているんだと思います。最近それに気付いて、今は地元の風土やモチーフを扱った作品作りにも取り組んでいます」と斉さん。
コントルポワンでは作家や経験者を対象に貸し工房も展開。県内外はもちろん国外からも利用者が訪れている。
「現在、絵本作家やアパレル関係者、織物作家の方も足を運ばれています。色や模様がきれいに出るので、表現のステップアップにリトグラフを活用されています。さまざまなジャンルの方にこの場所を知ってほしいですね」
リトグラフをもっと身近に
「昨年NHKで放送された朝ドラ『らんまん』で、神木隆之介さん演じる槙野万太郎が植物学の雑誌を刷るため、当時最新鋭だったリトグラフを学ぶシーンがあり、少し光が当たった」と話す斉さん。一般的にはなじみの薄いリトグラフだが、ワークショップや展示会を通じてその魅力を発信し続けている。
「リトグラフを知らない方でも一度触れてみることで、その魅力を感じてもらえるのではないかなと思います」
コントルポワンでは希望者を対象にリトグラフの体験教室も開催している。沖縄では珍しいリトグラフ工房で、その色彩の美しさや醍醐味(だいごみ)を味わってほしい。
(元澤一樹)
版画工房 コントルポワン
那覇市宮城1-6-1
TEL 098-857-8201
リトグラフ体験教室
日時:水曜・土曜10:00~ 12:30、13:30~16:00
料金:3000円/2日間 4500円/3日間
(2024年7月25日付 週刊レキオ掲載)