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空手の絶対王者・喜友名諒を生んだ沖縄 「発祥の地」強さの秘密は


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全日本選手権9連覇を決めた喜友名諒選手=2020年12月、東京都の日本武道館

 東京五輪で正式種目に採用された空手。男子形に出場する喜友名諒選手は金メダル有力候補の1人で、沖縄県出身者として初の五輪金メダルの期待もかかる。沖縄にとって空手は特別だ。諸説あるが、琉球王国の士族が教養として学んだ護身術が空手のルーツといわれており、沖縄は「空手発祥の地」とされる。街には空手道場が多く存在し、中学校、高校の武道の授業でもほとんどの学校が空手を採用している。それだけではない。沖縄は喜友名選手以外にも世界チャンピオンを複数輩出している「空手王国」でもある。「発祥の地」の強さの秘密はどこにあるのか。

(玉城江梨子、大城周子、上里あやめ)

■国際通りを埋め尽くしたギネス記録

 「イチ、ニ、サン…」。力強い号令がこだまし、約1キロにわたって居並ぶ老若男女の4000の拳が一糸乱れず突き出された。2016年10月、那覇市の国際通りで披露された3973人による「普及形1」の一斉演武が認められ、「同時に形を行った最多人数」のギネス世界記録として正式に認定された。空手発祥の地・沖縄の心意気が凝縮された歴史的演武は壮観そのものだった。

ギネス世界記録を更新した「空手の日記念会演武」=2016年10月23日、那覇市の国際通り

 これは、「空手の日」を記念して催された演武祭。沖縄では10月25日が「空手の日」だ。1936年10月25日に「空手」表記が公式に決まったことを記念し、県議会が2005年に定めた。新型コロナウイルスの影響で20年は記念奉納演武だけだったが、それ以前はこの日に合わせて国際通りで一斉演武が行われ、「空手発祥の地」を国内外にアピールしていた。「かっこいい」「やってみたい」。沿道からは空手への羨望の声が聞かれた。

【動画】空手演武3973人 ギネス更新 国際通りで記念祭

 17年に沖縄県が実施した調査によると、県内には400近い道場が活動していて5割が自宅に開設している。門下生の平均は31.5人で、50人以上を抱える道場も2割弱ある。年齢層は小学生以下が最も多く、平均で19.4人。中高生で一気に減少するが、一般(59歳以下)やシニア世代でまた増え、幅広い年代で親しまれていることがわかる。
 

■保育園でも「必修」

「エイッ、エイッ」。部屋に子どもたちの元気なかけ声が響く。那覇市のあじゃ保育園は2002年から保育カリキュラムに空手を取り入れており、週に1回、空手指導者が園を訪れて4、5歳児に教えている。2年間で、普及形1、普及形2や撃砕第1、撃砕第2といった基本的な形を身につける。

形の稽古をする園児たち=那覇市のあじゃ保育園

 やんちゃ盛りの年頃だが、空手の時間は特別。「お願いします」「ありがとうございました」とぴしっとあいさつし、指導者の話を真剣に聞いている。三木元子園長は「沖縄の文化を何か一つ取り入れたいと思って始めた。空手は集中力がつくし、礼儀も培われる」と話す。保育園で空手に出合ったことがきっかけで道場に通い出し、小学校、中学校に進学後も続けている卒園児も多い。中には全国大会で上位入賞する実力者に成長した子も。園には卒園児の活躍を伝える新聞記事も貼られている。三木園長は「続けてくれているのが何よりうれしい」と目を細める。

 昨年から指導する細田朝野さん(54)は園児たちに教える上でまずは「話を聞けるようにすること」を大切にしている。「流派が違ってもけじめやあいさつ、礼に始まり礼に終わるという基本的なことは同じ。卒園後、続けなくても、空手の経験はいつかどこかで沖縄人としての誇りにもつながる」と語る。

 前述の県の調査によると、空手に触れた経験は「幼稚園や学校の授業、行事などで空手を体験した」人が県内で24%いたのに対して県外は6.2%とおよそ4倍の差があった。道場に通ったことがある人や、家族や親族に空手を教えている人がいると答えた数も県内の方が多く、身近で空手に接する機会が多いといえる。

■世界チャンピオンが指導

空手世界大会2連覇を飾り、凱旋した佐久本嗣男さん=1986年10月8日、那覇空港

 沖縄には喜友名選手の他にも世界王者が複数いる。喜友名選手の師匠・佐久本嗣男さん、喜友名選手の先輩でもある豊見城あずささん、嘉手納由絵さん、喜友名選手と一緒に団体形をやってきた金城新さん、上村拓也さんなどだ。

形を披露する豊見城あずささん=2020年12月9日、浦添市城間の豊見城あずさ道場

 空手が習い事として定着している沖縄では、世界チャンピオンの指導も身近だ。

 浦添市に道場を構える豊見城あずささん(48)は2004年に世界選手権団体形で優勝し、05、06年には全日本選手権の個人形で2連覇した実力の持ち主だ。豊見城さんは面積わずか20平方キロメートルほどの多良間島に生まれ育ち、空手を始めたのは浦添高校入学後。喜友名選手の師匠でもある佐久本嗣男さんから指導を受けた。

 道場を開設したのは2000年でトップクラスの現役選手だった頃。開設のチラシを配る際には佐久本さんも協力したといい豊見城さんは「沖縄の空手界は縦も横もつながりが強いと思う」と語る。06年末に一線を退いてからは後進の育成に力を入れ、現在は4歳~80代まで約100人の門下生を教える。

 習い事として空手の人気が高い理由は何か。豊見城さんは「子どもにとっては礼節を身につけられるのが一番大きい。その中で体力づくりができ、道場で幅広い年代の人とも知り合える」という。門下生には女性や中高年も多く、健康増進に加えて「段や級という目標に向かって頑張れるのが大人にとっても楽しいみたい」と説明する。

 空手を始めるまでは引っ込み思案だったという豊見城さん。「小さな島から来たと思われて負けたくない」と国内外で実績を重ねてきた。門下生にも「空手はコートに立つと自分との戦い。空手を通して、人前でも動じない精神力を養ってほしい」と願う。

■全国でここだけ、県庁に「空手振興課」

 沖縄県庁には全国で唯一、空手に特化した空手振興課が存在する。現在17人の職員が空手に関する業務を担っている。

 空手振興課は、沖縄空手を保存、次世代へ継承、発展させるため、2016年4月に設立された。佐和田勇人課長は「世界に1億3000万人の空手愛好家がいるが、沖縄が空手発祥の地であると認識している人は少ない」という。

 東京五輪の正式種目に採用されて注目が高まる中で「空手の聖地・沖縄を世界に認識してもらう」ことを目標に、学術研究やイベント開催などに力を入れる。さらに、空手関係者や経済界などと協力し、空手を通した観光業界の発展も目指す。

 沖縄の空手は指導者から弟子へ口伝えで教えられた。そのため、文献が少なく資料として残っていないため「歴史はベールに包まれている部分がある」と語る。空手振興課では、各流派の歩みや歴史、技などを研究して書籍化に取り組むほか、研究報告の「沖縄空手アカデミー」も定期開催している。
 

■EXILE・TAKAHIROさんも祝った「沖縄空手会館」

沖縄空手会館=豊見城市

 豊見城市には「空手発祥の地・沖縄」を発信するための拠点施設「沖縄空手会館」がある。約3.8ヘクタールの敷地面積には、道場や展示施設、高段者の奉納演武などに使用される特別道場が設置されている。佐和田課長は「空手の情報発信の拠点になっており、空手を知らない人でも学ぶことができる場になる」と話す。

 会館にはEXILEのTAKAHIROさんが書いた「清(せい)」の書も展示されている。学生時代を過ごした長崎で沖縄空手を学んだTAKAHIROさんは、2017年の贈呈式で「空手の清らかさや凜(りん)とした強さを表現できればと思い書かせてもらった」と話している。

沖縄空手会館の開館を祝い、自ら手掛けた「清」の書をお披露目したEXILEのTAKAHIROさん。同館に新たな作品として展示された=2017年4月、豊見城市豊見城の沖縄空手会館

■沖縄県が目指すもの

空手振興課の取り組みや沖縄空手の魅力について語る佐和田勇人課長

 沖縄が空手発祥の地と認識しているのは県内では96%。それに対し県外は35%にとどまる。認識に差があるのはなぜなのか。佐和田課長によると、沖縄では「空手が地域に密着している」という特徴があるという。結婚式やハーリー、綱引きなどの行事で空手を披露する機会が多く「空手は護身術としてだけでなく、沖縄の人々に元気を与えるものになっている」と語る。

 空手振興課が掲げる目標は沖縄空手の国連教育科学文化機関(ユネスコ)無形文化遺産登録と、沖縄空手のシェアを世界に広げることだ。沖縄県は2020年8月にはユネスコの無形文化遺産登録を目指し、「沖縄空手ユネスコ登録推進協議会」も設置した。佐和田課長は「登録により世界中の人々が沖縄を『空手発祥の地』として認識することで、インバウンドの増加にもつながる。青い海、青い空に続き、新たな沖縄の魅力は空手だと言われている。沖縄の観光業界に資することができる」と意気込む。

 空手振興課が取り組む事業を通して「何百年も先人たちが築いてきた空手の魅力を発信し、沖縄を知った人々が県内に足を運ぶという循環ができたら非常にいい」と話した。

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