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「被害者の助けに…」沖縄出身の検事が地元に戻って強くした思い 関口奈々さん(福岡高検那覇支部・検事)<夢かなう>


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検事になる夢をかなえ、生まれ育った沖縄での勤務に励む関口奈々さん=2022年12月7日、那覇第一地方合同庁舎(大城直也撮影)

 事件を捜査し、容疑者を刑事裁判にかける検察官。那覇市出身の関口奈々検事は、2021年4月から県内の検察庁で捜査や公判活動に当たっている。県出身検事が地元に赴任するのは珍しい。地元に貢献したいと念願だった沖縄での勤務に「起訴して有罪判決となったら終わりではなく、再犯をしないような環境調整も重要」と奮闘している。

 那覇市で生まれ育ち、「都会に憧れて」神奈川県内の中学校へ。だが、行った翌日からホームシックになった。両親に弱音を吐くと「いつでも帰ってきていいよ」と優しく言われ、逆にスイッチが入った。勉強に励み、東大法学部に進学した。

 大学時代に裁判を傍聴した際、法廷での検察官の姿に「かっこいい」と感じた。1日10時間以上の猛勉強で07年、旧司法試験に合格した。福島県での司法修習で検事の実務を経験して気持ちを固め、09年に任官した。

 東京、岐阜、さいたまなどの地検を経て、18年4月からは法務省人権擁護局で勤務。子どもや女性など弱い立場の人権をどう守るか、対策に当たった。「国や社会の成り立ちが分かり、視野が広がった」

 中学から沖縄を離れ「いつか地元に戻って貢献したい」と思い続けていた。21年4月に那覇地検に配属され、22年4月から福岡高検那覇支部へ。琉大法科大学院で約半年、刑事訴訟法に関する講義も担当した。

 やりがいを感じた出来事の一つに、沖縄に赴任する以前に担当した性犯罪事件がある。被害女性は「私が悪かったのでは」と自らを責め、当初は被害申告にも消極的だった。

 公判で証言してもらい、被告が実刑判決を受けた後「裁判で闘って心の回復ができた」と感謝された。「被害者がいるのを忘れてはいけないし、一助になれたのは良かった」と振り返る。

 県内で勤務していると「沖縄の人の優しさや弱さに付け込んだ事件がある」と痛感する。犯罪防止を願う気持ちが一層強まった。私生活では、島野菜を使った料理を作って食べるのが大好きで、地元の良さをかみしめる。一日の終わりは、家族と泡盛を味わうのを日課とする。

 自らを「努力家タイプ」と評し、座右の銘は「雨垂れ石を穿(うが)つ」。中学の時に父から教わり、大切にしている言葉だ。「小さくても積み重ねれば成果が得られる。こつこつ頑張ることが重要」と語る。

 大学受験や司法試験など、苦しい時は岡村孝子さんのヒット曲「夢をあきらめないで」を聞き、気持ちを奮い立たせた。今も折に触れて聞く、人生のテーマソングだという。「目標を高く持ち、諦めないでほしい」。何事にも負けずに、決して後悔することがないように。夢をかなえたい人たちにエールを送った。

(前森智香子)


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連載「夢かなう」

 好きなこと自然体で 幼いころに見た夢、学生時代に追いかけた目標、大人になって見つけたなりたい自分。一人一人目指す場所は違っても、ひたむきに努力する姿は輝いている。夢をかなえた人たち、かなえようとしている人に焦点をあて、その思いを伝える。

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