prime

ADHDの診断受け「できることをやる」前向きに 苦しい子たちを笑顔にが人生のテーマ <雨のち晴れ>第1部「あき社長の奮闘」(4)


ADHDの診断受け「できることをやる」前向きに 苦しい子たちを笑顔にが人生のテーマ <雨のち晴れ>第1部「あき社長の奮闘」(4) 経営者らが集うモーニングセミナーで講話する玉城あきさん。スタッフの支援は「彼女たちの生活環境から整えることに注力している」と語る=2023年12月5日、沖縄市久保田
この記事を書いた人 Avatar photo 吉田 早希

 眠くなったら体を強くつねった。那覇市松山にある飲食店「琉球かさ屋」代表の玉城あきさん(39)は、生活費と借金返済のため28歳から約2年間、朝と夜のキャバクラを掛け持ちし1日中働いた。朝キャバは出勤中でも客がいなければ給料が発生しなかったため、その間に仮眠を取った。休まず出勤し、スタッフから「おかげで売り上げが上がったよ」と評価された。生まれて初めて認めてもらえた。そんな感覚が広がった。

 借金を返済し終えてからは夜のみの勤務に変え、心理的、時間的にも余裕ができた。28歳からの「遅咲き」でも、明るい人柄で客は増え、売り上げナンバー1に。さまざまな人との交流は新鮮で楽しく、少しずつ自信を持てるようになった。

 「将来に希望を持てなかったが、生きていいんだと思えた。けど、水商売のきらきらは一瞬。次に進む必要もあった」。実家にも顔を出し、両親に旅行チケットを贈った。首や腕に入ったタトゥーは、レーザー治療で少しずつ消している。2017年からはキャバクラを掛け持ちしながら別の飲食店を経営。コロナ禍の影響で店はたたんだが、その後、琉球かさ屋を立ち上げた。

 コミュニケーションや対人関係で悩みもあり、時々精神科病院に通った。2020年に自閉スペクトラム症と診断された。注意欠如・多動症(ADHD)とも分かった。特性について丁寧な説明を受け、「人よりできないと落ち込んだ人生」から「できることをやる」と前向きに捉えるようになった。

 店で売り上げを計算していると、急に席を立って移動したり、別の場所に出掛けたりする。「私の中では全部意味があって『これをやることで効率が上がる』という感覚」。スタッフには特性や苦手なことを包み隠さず伝え、助けを求められるようになった。「周りに支えられて生きている」と実感している。

 店とは別の会社も立ち上げ、昼間の清掃業を中心に展開する。琉球かさ屋スタッフも業務に携わり、将来的には事業の幅を広げたい考えだ。知人からの誘いで青年会議所に加わり、企業関係者らとの交流が増えた。昨年は島尻青年会議所の理事長として活動し、各地で講話もした。

 12月5日早朝、沖縄市で開かれた県中部倫理法人会のモーニングセミナー。玉城さんは講師として経営者らを前にマイクを握っていた。生い立ちやこれまでの活動を丁寧に語った。「生かされた命。過去の私と同じように苦しい思いをしている子たちをどれだけ笑顔にできるか。それを残りの人生のテーマに掲げ、生きていきたい」

 早朝セミナーを終え、次は清掃業の現場へ向かう。苦しいことも、うれしいことも、全ての経験を糧に、走り続けている。

 (吉田早希)

 (第1部おわり)


<メモ>自閉スペクトラム症(ASD)

 生まれつきの脳機能障害が原因と考えられ、対人関係が苦手で強いこだわりがあるなどの特性がある。学習障害(LD)や注意欠如・多動症(ADHD)などを含む発達障害の一つで、大人になって診断されるケースもある

 厚生労働省によると、これまで自閉症やアスペルガー症候群などと呼ばれたが、2013年に米国精神医学会の診断基準が発表されて以降、総称して自閉スペクトラム症と表現される。