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「戦争ない世界を」 宮崎で「学童疎開」追体験 児童らが研修成果発表


「戦争ない世界を」 宮崎で「学童疎開」追体験 児童らが研修成果発表 宮崎での疎開体験事業に参加し、感じたことを発表した児童ら=28日、那覇市若狭の対馬丸記念館
この記事を書いた人 Avatar photo 島袋 貞治

 1944年に政府や沖縄県が推し進め、ひもじさや家族と離れる寂しさなどの苦難があった「学童疎開」について、追体験事業に参加した小学5、6年生10人が28日、那覇市若狭の対馬丸記念館で学習成果を発表した。

 昨年12月、児童らは2泊3日で宮崎県を訪れ、疎開のゆかりの地を巡り、当時を再現した、具材の乏しい食事で過ごした。発表では、児童一人一人が新聞の体裁で感想をまとめ、「疎開の恐ろしさを知ることができた」「戦争のない世界へ」などのメッセージを来場者に訴えた。

 追体験事業は、44年8月22日の対馬丸事件の悲劇を伝える対馬丸記念会が実施した。対馬丸事件では、米潜水艦の攻撃で学童疎開をする児童などを含む1484人(氏名判明分)が犠牲になった。

 児童らは事件や沖縄戦なども学び、戦争の愚かさと平和の尊さについて考えを深めた。宮崎では、沖縄の疎開者が過ごした宮崎市波島などを訪問した。

 那覇市立城西小5年の比嘉珠玲(みれい)さんは発表で、疎開時の子どもが現地で医者に診てもらえず、子ども同士で手当していたとつづった。「今もロシアとウクライナで戦争があり、多くの子どもが亡くなっている。どうしたら平和であり続けられるかを考えていきたい」と来場者に語った。

 対馬丸事件の体験者で、対馬丸記念会の高良政勝代表理事(83)は「自宅で食事できることの幸せを実感したのではないか。研修を経て成長し、二度と戦争の悲劇を繰り返してはならないという思いを引き継いでくれた」と児童らを見つめた。
(島袋貞治)