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牛島司令官の「辞世の句」 掲載に危機感 自衛隊発足70年で沖縄戦遺族ら調査<歩く民主主義 100の声>


牛島司令官の「辞世の句」 掲載に危機感 自衛隊発足70年で沖縄戦遺族ら調査<歩く民主主義 100の声>
この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社

 自衛隊は1日、1954年の発足から70年になった。

 沖縄県内には日本復帰の72年から配備され、急患搬送や災害派遣、不発弾処理に取り組んできた。しかし、近年は「台湾有事」を想定した配備強化が進み、陸上自衛隊第15旅団(那覇市)は日本軍で沖縄戦を率いた牛島満第32軍司令官の辞世の句を公式ホームページに掲げるようになった。記者が沖縄戦の遺族ら100人に聞くと、自衛隊の戦争への傾斜を感じ取っていた。

>>自衛隊増強、県内在住者の受け止めは? 沖縄が「標的」懸念も

 調査は、糸満市摩文仁や県内各地の慰霊祭で6月22、23日に県内在住・県出身者を対象に行った。質問は(1)「南西シフト」による自衛隊増強(2)陸自15旅団の牛島司令官の句掲載、それぞれへの賛否の度合いを7段階で尋ね、2問ともに回答する人が100人に達するまで続けた。

 「隠すことはない。公にして戦争とは何かを考え、反省することが大事だ」。南洋群島戦没者慰霊碑(那覇市識名)にいた元国会議員の儀間光男さん(80)。司令官の句掲載に、最も強い賛成の「プラス3」と答えた。

 ただ、賛成と回答したのは100人中7人にとどまった。どちらとも言えないが26人、反対が67人だった。

 司令官の句掲載が戦争や日本軍の「美化・賛美」と感じる人が多い。糸満市米須で自衛隊増強には賛成の立場の女性(72)も「若い世代に与える負の影響が大きい」と句掲載に反対した。

 日本軍は「南部撤退」で住民を巻き込む戦略持久戦を展開した。その司令官の責任を自衛隊がどう考えているのか、遺族らは不信感を持っている。

 海鳴りの像(那覇市若狭)の慰霊祭に来た男性(73)は「ウチナーンチュを捨て石にした張本人。そういった方の辞世の句をいまだに信奉しているなんて理解できない」。ひめゆりの塔にいた鹿島崇義さん(59)は「県民は辞世の句なんて残せず亡くなった方が多い。県民がどういう亡くなり方をしたかヤマトは考えてほしい」。2人は最も強い反対の「マイナス3」と答えた。

 両親の兄弟が沖縄戦で亡くなった仲宗根充さん(69)も反対だ。「陸自がなぜ掲げているのか、意味が分からない。自衛隊はいざとなれば戦争をやると思われてしまうのではないか」と危惧した。