「連載:強いられた防波堤ー南洋の戦い80年」の記事一覧
パラオ、空襲で兵糧攻め 「食べ物さえあれば」 母含む親戚5人、やせ細り餓死<強いられた防波堤ー南洋の戦い80年>下
栄養失調でやせ細った母親は、つえをついてジャングルの出入り口まで見送りに来た。今にも倒れそうな姿に後ろ髪をひかれながら、前田裕子さん(95)=那覇市=はパラオ ...
迫る戦火、妹たち次々犠牲に 「平和の時代では話せない」記憶、語り始める<強いられた防波堤ー南洋の戦い80年>中の続き
父の遺体、海に流し… 思い返す光景、誰にも語れず テニアン艦砲射撃で追い詰められ<強いられた防波堤ー南洋の戦い80年>中 戦前、国策企業・南洋興発のテニアン・ ...
父の遺体、海に流し… 思い返す光景、誰にも語れず テニアン艦砲射撃で追い詰められ<強いられた防波堤ー南洋の戦い80年>中
「ニホンハマケマシタ ハヤク デテキテクダサイ」 1944年7月下旬、テニアン最南端のカロリナス岬付近。当時8歳の金城秀子さん(88)=那覇市=は逃げ込んだ壕 ...
日本兵に壕を追い出され…母かばい銃弾浴びた兄 サイパン陥落きょう80年<強いられた防波堤ー南洋の戦い80年>上
2024/07/07
#サイパン陥落80年
自宅前を行進する日本軍に、深々とお辞儀をした。しかし、戦争が来るとは思っていなかった。サイパンに。空襲警報の音はこびりついている。 志喜屋正枝さん(87)と ...
日本兵「泣いたら撃つ」 餓えできょうだい3人力尽き サイパン<強いられた防波堤ー南洋の戦い80年>上の続き
1944年6月15日、サイパンに上陸した米軍と日本軍との激しい地上戦に住民が巻き込まれた。当時13歳の志茂美代子さん(93)=名護市大北=は、米軍の上陸地点チ ...
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