琉球新報と南日本新聞(鹿児島県)は10日、共同企画シンポジウム「奄美・琉球世界自然遺産へ~魅力と未来を語る」を開催した。登録地である沖縄島北部、西表島、奄美大島、徳之島と、1993年に登録された屋久島の5地域をインターネットで結び、それぞれの地で活動するパネリストが人と自然との共生や課題、目指すべき方向性などを共有した。その内容を紹介する。
~ 登壇者 ~
比嘉明男氏(NPO法人やんばる・地域活性サポートセンター理事長)
徳岡春美氏(西表島エコツーリズム協会事務局長)
常田守氏(自然写真家、奄美大島)
美延睦美氏(NPO法人徳之島虹の会事務局長)
兵頭昌明氏(「屋久島を守る会」初代代表)
司会 高英子氏(フリーアナウンサー。徳之島出身、沖縄県在住)
やんばる 地域の理解と連携大切
比嘉明男氏 NPO法人やんばる・地域活性サポートセンター理事長
地元の国頭村安田区は風光明媚(めいび)な小さな集落で、ヤンバルクイナの里として有名だ。「陸の孤島」とも呼ばれる。先人は山と一緒に生活し、自然を大事にしてきた。
1970年12月、近くの伊部岳が米軍の実弾演習射撃場になる計画があった。老若男女、村民一体となって阻止行動に出た。若い人は山の木に登って旗を振り、のろしを上げた。その結果、山を守ることができた。
区としてヤンバルクイナをシンボルに自然保全を進めた。専門家と協力し個体数の回復に取り組んだ。
世界自然遺産登録の前段で鳥獣保護区を設定する際、地域住民と約3年かけて話し合いをして全会一致で合意した結果、その後の国立公園化や世界遺産に向けた取り組みをスムーズに進めることができた。
地域の皆さんの協力や理解がないと、問題を解決することはできない。今年5月、国頭村観光協会会長に就任した。東村、大宜味村も含め、やんばる3村の連携を強化していきたい。
西表島 先人の知恵学び生かす
徳岡春美氏 西表島エコツーリズム協会事務局長
西表島エコツーリズム協会は日本で一番最初のエコツーリズム関連組織だ。近年、自然遺産に向けた観光管理の整備を行政や地元ガイドと取り組む。
ピナイサーラの滝は人気で1日に200人以上の利用もあり、どう保全していくか課題だ。取り組みとして、ガイドの免許制度の導入がある。竹富町観光案内人条例が昨年4月に施行した。免許を取得しないと事業自体ができない。西表島エコツーリズム推進全体構想を策定中だ。特定自然観光資源を設定して、利用人数を制限するような仕組みづくりも進めている。
環境協力税の導入も検討している。観光客が利用する河川にいる魚類のモニタリングや水質調査をした。管理を行う財団の設立に向け、クラウドファンディングも実施している。
ルールづくりだけでなく観光事業者や住民の意識を高め生活していくことも大事だ。長年、この島を守ってきた先人たちの知恵を学び、サスティナブル(持続可能)な観光や暮らしに目を向けたい。
奄美大島 多種織りなす景観周知
常田守氏 自然写真家(奄美)
亜熱帯気候の奄美大島は、豊かな森林が形成され、さまざまな動植物が育まれた。この島だけにしか存在しない動植物が多く存在する。
奄美大島の重要性は大陸から切り離されたことにあり、火山活動でつくられた南米エクアドルのガラパゴス諸島とは成り立ちが違う。そのことを知らない人が多かった。
シダやコケを含め植物が2千種以上生育し、その中の約50種が固有種、約200種が北限種だ。固有種に目が行きがちだが、北限種は奄美大島から北には生育していない。こうした植物も保護すべきだ。
奄美大島で記録されている鳥類は約320種で、渡り鳥が多い。大陸も含め東西南北の渡りの中継地になっており、ここにも重要性がある。
世界遺産になるのか多くの人に問われたが、「安心してください」と答えた。大好きな山奥の渓流沿いは、こけむした景観や希少種が生息するすごい場所がたくさんあるからだ。
徳之島 自然との共生モデルに
美延睦美氏 NPO法人徳之島虹の会事務局長
徳之島は、価値のある自然が人の暮らしと隣り合わせにある。見どころいっぱいで飽きることがない島だ。世界自然遺産は、これまで「ありのままの自然であること」が重要視されたが今回は違う。自然の中に人の暮らしがあり、自然と文化が共生しているという点で、今までにない新しい形の遺産だ。自然と人の関わり方について、一つのモデルを世界に示せる機会になるのではないか。
4地域の中で、徳之島は総面積と推薦地面積で最小だ。環境保全が一番重要な島だ。保全を怠れば、すぐに遺産のない島となってしまう。課題は山積している。ごみのポイ捨ては減る気配がない。アマミノクロウサギやケナガネズミなど希少動物は交通事故に遭ったり、イヌ・ネコに襲われたりして死亡する事例も相次ぐ。貴重な昆虫や植物が違法に捕獲され続けている。島の宝が、世界の宝になろうとしている。自然を守っていくのは島に住む私たちだ。一人一人がしっかりと自覚して行動することが、これからの日々の暮らしで大切になってくる。
屋久島 人と山の接点取り戻す
兵頭昌明氏 「屋久島を守る会」初代代表
屋久島に生まれ育ち1960年東京で就職した。島出身者の若者たちと古里が貧しさを脱却するにはどうしたらいいのかを話し合った。当時、縄文杉が発見され、島の自然の素晴らしさが日本中で語られた。島は周囲100キロに24の集落があり、それぞれが営々と歴史をつなげてきた。その人たちに対し、島外の大学生から「自然を守るには人間を取り除く必要がある」と言われ、がくぜんとした。
島は9割が山岳地。国有林の経営が島の経済を動かしてきた。林業の在り方を考えるようになり、70年に島に帰って若者たちと屋久島を守る会を立ち上げた。スローガンは「島の国有林の即時全面伐採禁止」。山を切るか否かではなく、そこに暮らす人間と山との関係を取り戻したい、島人にも発言の場を与えてほしいという闘いを始めた。
屋久島の人と山との関係は4度断たれた。島津藩による領有、明治政府による地租改正、国立公園の指定と原生(自然)環境保全地域の指定、リゾート開発が進む中で「降って湧いた」世界自然遺産だ。
登壇者ディスカッション
次世代への継承主軸に
情報共有と連帯が必要
司会 奄美大島、沖縄、西表島、徳之島、屋久島の課題について、気になったことは。
常田氏 世界自然遺産についてさまざまな意見があると思うが、指定されるということで島民の意識が変わった。将来の人が奄美大島の自然を見た時に、「あの時が方向転換、ターニングポイントだったんだ」と思ってもらえるようにすることが、私たち今の人間の役目だ。次世代に自然を残し、伝えていきたい。
比嘉氏 ヤンバルクイナをシンボルに行動してきた。地元では学校教育の一環で、子どもたちがクイナの餌を飼育したり、取ってきたりして与えている。この動きが大人の意識を変えた。当初、大人の間では「ヤンバルクイナを守って何になるんだ。生活に影響しないだろ」という雰囲気が漂っていた。子どもたちの行動が大人や地域全体の意識を変えた。
徳岡氏 美延さんが世界の宝と言っていたが、これからは地域の皆さんが世界自然遺産に誇りを持って守っていくことが重要だ。西表でも世界遺産について否定的な意見があったが、前向きに捉えて、先人が賢く守ってきたものを、私たちの代で絶やさないようにしたい。世界自然遺産に登録されている地域や、登録される地域と情報共有をしながら、よりよい西表島にしたい。
美延氏 徳之島では昆虫採取が問題になっている。島外から訪れた人などが、1人につき100カ所程度のトラップを仕掛ける。一つのトラップに30匹のクワガタムシがかかっていることもある。世界自然遺産登録前の駆け込み採集と言われている。これは徳之島だけの問題ではない。4島、みんなで島を守っていることを発信しなければ、防止できない。
兵頭氏 世界自然遺産は観光産業としての一つの方法として、地域振興と言われているが、目的ではなく手段だと思っている。観光は非常に搾取されやすい産業であることを自覚しないといけない。外部資本は必ず集金マシーンを持ってやってくる。われわれは暮らしに根ざし、世界遺産に対して緩やかな連帯をしながら対処しなければならない。
視聴者から
環境保全、共通の課題
視聴者 竹富町観光案内人条例について、ガイドの反応は。
徳岡氏 2020年に条例が施行された。島外のガイドなど、増えすぎるとさまざまな問題が発生した。行政が介入してルールを作ることは一定の理解を得られている。
視聴者 徳之島でポイ捨てが多いのはなぜ。
美延氏 ごみ問題は徳之島に限らず全国的な問題だが、島民のモラルにも関わる。現在は清掃活動の呼び掛けをすると300人が参加し、よい方向に変化してきている。
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