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繰り返す「名護市長選」と「日ハム撤退」誤情報 巨人キャンプ「撤退」の発言の裏で…


この記事を書いた人 Avatar photo 滝本 匠

 プロ野球チームの巨人が毎年、沖縄春季キャンプで利用している沖縄県那覇市の奥武山公園でサッカースタジアムの建設計画があり、この計画により巨人のキャンプに支障が出るとして「巨人が(沖縄から)撤退する可能性がある」と沖縄県議の新垣新(しんがき・あらた)氏(沖縄・自民)が県議会9月定例会で発言した。

 10年続く巨人の沖縄キャンプがなくなれば、沖縄の巨人ファンが落胆するのはもちろんだが、沖縄キャンプから生まれる経済波及効果も失われる。それは沖縄経済の損失になる。

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 しかし10月8日になって、新垣氏自身が「すべて誤りだった」と陳謝し、発言の取り消しを議会に求めた。沖縄県によると、巨人側から事実と違う発言があるようだと相談があった。新垣氏が情報源とした人との面会の事実もなく、「巨人撤退」との発言は偽情報だった。

沖縄春季キャンプを始動しウォームアップで汗を流す巨人の選手ら=2021年2月、那覇市の沖縄セルラースタジアム那覇

■プロ野球キャンプ、9球団が沖縄入り

 沖縄でのプロ野球キャンプといえば、1981年に沖縄本島北部の名護市で本格的に始まった日本ハムのキャンプが代表的だ。巨人の沖縄春季キャンプは2011年2月から始まった。

 2021年は日ハム(名護市)と巨人(那覇市)のほか、阪神(宜野座村)、楽天(金武町)、広島(沖縄市)、中日(北谷町)、DeNA(宜野湾市)、ヤクルト(浦添市)、ロッテ(石垣市)の9球団が沖縄入りしたが、新型コロナウイルス感染で無観客による実施となった。

 コロナ禍前の2019年は9球団が沖縄入りし、県外からの観客も増えた。りゅうぎん総合研究所によると、オープン戦を含む延べ観客数は約40万8千人と初めて40万人を超えた。その経済効果は141億3千万円と過去最高を更新した。

議会運営委への取り消し申出書
議会運営委への取り消し申出書

■取り消したかった発言とは

 新垣氏が取り消しを求めたのは、9月27日の県議会9月定例会一般質問で自身がした発言だ。

 「球団側から那覇市を通して、不満の意を伝えて沖縄県にも上がってきていると思います」

 「(注:サッカースタジアムの)代替地がもう取れません。球団は不満なんです。今(注:巨人の)球団関係者、前フロント、現フロントとも話し合い、意見交換しましたけれども、10年。今年のペナントレースを終わって、来年の年次計画どうするかという形で、実は先ほども言ったように宮崎には全ての施設が整っているんです。読売巨人軍ができるように。本当に不満の意と―これ正直言います。ジャイアンツが撤退する可能性が非常に高くなっているということをもう今日、公の場ではっきり申し上げますが、それでも私はジャイアンツ撤退のリスクを避けるために、糸満市の観光内(※未定稿議事録ママ)、市有地がありますよ、これ(注:サッカー)J1スタジアムを移していただけませんか」

 「だからこれ大変なことです。名護市長選挙でも日本ハムが出ていくかもしれないと、市長替わったぐらいなんです。来年はジャイアンツが撤退した場合、知事替わるかもしれないって、これ大変なことなるんですよ(※議事録ママ)」

 「これ本当にうその話じゃないですよ。球団見てるんですよ、実は。だから伺います。場所を変えてくれということです、J1スタジアムを」

 「プロ野球、選手の体づくりって大事なときに、こんなことされたら怒るの当然よ。私はこれは万が一撤退された場合、これ県の責任は重いということを指摘して、沖縄の野球ファンから厳しい意見が出るということを強く申し上げておきます」

経済労働委への取り消し申出書
経済労働委への取り消し申出書

 さらに10月4日の県議会経済労働委員会での以下の発言も合わせて取り下げを申請した。

 「もし万が一ジャイアンツを失ったら、玉城(注:デニー沖縄)県知事が悪いと、私は県民に強く訴えていきたい。プロ野球が与えるこの経済効果も、失ったのは玉城知事が悪いと。職員を責めません。ぜひこれを強く申し上げて、引き続き私もジャイアンツが残れるように調整はするんですけど、私が調整してる限りは厳しいということを、宮崎ですべて施設があるからと、そういう意見も言われてきましたので、ぜひもうこの責任は部長たち文化観光スポーツ部にありません。玉城知事が悪いという―万が一なった場合ですね、玉城知事に責任があるってことを強く申し上げて、私の質疑を終わります」(抜粋)

沖縄の春季キャンプで打撃指導する巨人の原辰徳監督=2019年2月27日、那覇市の沖縄セルラースタジアム那覇

 巨人軍は、米軍那覇軍港を見渡せる奥武山公園に位置する沖縄セルラースタジアム那覇を中心に毎年キャンプを張っている。

 サッカーJ1規格のスタジアム整備の影響について、新垣氏の一般質問に答えた沖縄県の宮城嗣吉・文化観光スポーツ部長は「J1スタジアムの計画地が陸上競技場、補助競技場であるということを説明していますところ、陸上競技場や補助競技場が巨人軍キャンプでブルペンの仮設であったりとか、遠投とかダッシュで使われているということで、その代替地の確保が重要な課題となっております」と答弁している。

 一般質問の発言と合わせてみると、J1スタジアムの整備を巡る巨人沖縄キャンプへの影響を懸念し、自身が得た巨人軍側の情報を基に「巨人撤退」の可能性が高いと訴えた上で、撤退となれば玉城デニー知事の責任になり、知事の交代にまで及ぶ問題だと指摘していたことになる。ちなみに沖縄県知事選は来年秋に予定されており、沖縄の自民党としては県政奪還に向けて取り組みを強めている。

名護市の部分が削除指定になっていない申出書
名護市の部分が削除指定になっていない申出書

■2種類あった「取り消し申し出書」

 実は県議会の議会運営委員会に提出された取り消しの申出書は2種類あった。

 取り消しの指定箇所はほとんど同じだが、最初の申出書には、ある一文が残されたままになっていた。

 それは「だからこれ大変なことです。名護市長選挙でも日本ハムが出ていくかもしれないと、市長替わったぐらいなんです」という一文だ。

 「名護市長選」と「日ハムの撤退」。

 日本ハムは沖縄のプロ野球キャンプの中でも草分け的存在で、1981年から名護市で本格的にキャンプを始め、2021年に至るまで続いている。

 練習場所としていた名護市営球場の老朽化により、関係者はその行方を注視していたところ、3年前の2018年2月の名護市長選を前に、当時の市政運営による影響を示唆しながら日ハムが撤退するという情報が流れた。それは誤情報だったが、選挙後もその情報を信じている有権者がいた。

 この情報が選挙結果にどのような影響を与えたかは不明だが、市長選のタイミングで根拠不明の情報は広がっていた。

 新垣氏の発言は、「日ハム撤退」情報が市長交代に影響したと示唆するものだった。

 委員会での審議の過程で指摘を受け、この箇所も取り消すことになった。

「結果的に虚偽の発言になってしまった」と本会議場で謝罪する新垣新氏=10月8日、沖縄県議会

■なぜ取り消しを申し出たのか?

 そもそも新垣氏は、県議会で「もう今日、公の場ではっきり申し上げます」とまで言った発言について、なぜ全面的に取り消しを申し出たのか。

 琉球新報が取材で記録した、8日の議会運営委員会での新垣氏の発言録からたどってみる。

 「野球関係者からの話を聞いて、拡大解釈をして誤った認識で勘違いをして、このような形で不愉快な思いをさせてしまった。(巨人の)前フロント、現フロント(と会ったというの)は私の勘違いだった。おわびをしたい」。そう説明して新垣氏は謝罪した。

 取り消しの申し出の議論の中でも、球団関係者から聞いたことを根拠として強調していた。その点について議会運営委員会の委員から追及されると、いったん休憩を挟んだ後、新垣氏は「野球関係者」は「(県民の)元プロ野球選手」だったと明かした。

 その中で「野球関係者を通して、誤った認識と考えで私が拡大解釈した。フロント(と言ったの)は野球関係者が聞いてきたことを私が格好つけて(フロントと言った)」と「虚偽」の話をした動機を説明。「勘違いと妄想で傷つけた人に深くをおわびを申し上げる。誤った情報をうのみにしたことに深く反省を申し上げる」と謝罪を重ねた。

 さらに「虚偽と受けとめても仕方ない。私が誤った発言をして、固有名詞を使った。誤った発言なので、人をだますつもりはなかった。一般質問の熱くなったところで、プロ野球選手にあったことは間違いないが、先走って誤った考えで、反省すべきと言っている」と話して、球団トップの「フロント」の人間との接触はなかったことを明言した。

 取り消しを求めた一般質問と委員会での発言は、いずれもその日で取り消しが認められた。

■当事者の巨人は…

 一般質問など新垣氏の巨人に関する一連の発言があった後、沖縄県文化観光スポーツ部スポーツ振興課に那覇市から連絡が入った。巨人軍から事実と異なる発言があったようだと市に相談が来たというのだ。

 話を引き取った県スポーツ振興課が巨人側から直接話を聞いたところ、巨人側は(1)巨人が沖縄キャンプから撤退する(2)J1スタジアムに反対していると言っている―という2点が事実と違う、どう対応すればいいかという相談だった。

 スポーツ振興課の担当者は、沖縄県観光スポーツ振興議連に相談、新垣氏の所属する会派の「沖縄・自民党」に話が継がれ、新垣氏からの取り消し申請に至った。

 巨人軍側にも見解を聞いてみた。

 琉球新報からは、新垣氏への接触の有無や発言取り消しの働き掛け、沖縄キャンプの動向について聞いたところ、読売巨人軍広報部が12日書面で回答した。

 「セルラースタジアム那覇での春季キャンプはチームのコンディション調整などを考えると欠かすことのできない鍛錬の場ですので、地元のスポーツ振興のお立場を尊重し、関係するさまざまな方々のご意見もうかがいながら引き続き実施させていただけるよう、沖縄県や那覇市と調整させていただきます」

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