首里城が焼失して2年を迎えた。あの日、県民は燃えながら崩れ落ちる様子に衝撃を受け、沖縄全体に喪失感が漂った。しかし、失われたことで首里城の存在意義を改めて考える機会も生まれた。もっと身近に感じられようにするにはどうしたらいいだろう。もっと魅力を知ってもらえるようにするにはどうすればいいだろう。首里城が復元される「その日」に向け、県民一人一人が「私たちの首里城」を思い描いている。
初めて首里城に行ったのは高校生の頃です。MONGOL800(モンパチ)さんの「琉球愛歌」をよく聞いて歌っていました。歌詞の一部にある「忘れるな琉球の心 武力使わず 自然を愛する」という言葉がとても心に残っていました。
琉球王国時代は周辺の国々と交易が盛んに行われていて、ノロやユタの力が王朝に影響を及ぼしていたということに興味がありました。初めて首里城に行った時はとても感慨深く、琉球の血が流れていることを誇らしく感じたのを覚えています。
首里城が焼失してしまった時はとにかく悲しくて、信じられませんでした。もちろん悲しい、つらいことではありましたが、改めてみんなが一丸となって首里城を再建させようというパワーを見て、沖縄をとても誇りに思いました。首里城を再建させたいという気持ちでいっぱいです。
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