那覇空港に鳴り響く甲高いエンジン音。緑色の航空服をまとったパイロットは機体の周りを丁寧に確認し、F15戦闘機の操縦席に乗り込んだ。
垂直尾翼には、第304飛行隊が発足した築城基地(福岡県)に近い、英彦山の「天狗伝説」をモチーフにした隊のマーク。だがそれは、目立たせないためかグレーに塗られ機体と同化している。滑走路の南側へゆっくりと移動していった4機は、離陸を知らせるランディングライトを光らせて一気に加速、等間隔で順序よく沖縄の空へと飛び出していった―。(池田哲平)
■南西に配された「防人」
奄美大島より南の「防空」を担う航空自衛隊南西航空方面隊が1月23日、琉球新報の単独取材に応じ、対領空侵犯措置を担う第304飛行隊の飛行訓練を公開した。
F15戦闘機4機のエンジン調整をした後、パイロットが乗り込み、離陸するまでの一連の様子を取材した。
南西航空方面隊の谷嶋正仁司令官(空将)は同方面隊が実施する対領空侵犯措置のほとんどが中国機に対するものだと説明し「平時に領空侵犯は絶対にさせない。万が一の際、抑止力として機能するため、隊員はそれぞれ職責を果たしている」と強調した。
空自南西航空方面隊は那覇空港に隣接する自衛隊那覇基地内に司令部を置く。レーダーサイトを運用する警戒管制団や、迎撃機能を担うペトリオットミサイルを運用する高射群、「防空」に関わる業務の中心となる第9航空団などで構成される。
県の資料によると、2022年1月1日現在、約3600人の隊員が任務に当たっている。
航空自衛隊は沖縄が日本に復帰した1972年に駐留を開始し、翌年の73年には「南西航空混成団」として編成された。73年から、飛行計画が出されていない国籍不明機が日本の領空を侵犯するおそれがある場合に、戦闘機を緊急発進(スクランブル)して対処する「対領空侵犯措置」を実施してきた。
2014年にはそれまで1つだった飛行隊を2つに増強させ、17年に「南西航空方面隊」が新編成された。現在は第204飛行隊、第304飛行隊がF15戦闘機などで対領空侵犯措置を実施している。
全国の航空方面隊は日本地図を分割するように4つに分かれ、それぞれの空域で防空を担う。北から北部航空方面隊(司令部・青森県三沢基地)と中部航空方面隊(埼玉県入間基地)、西部航空方面隊(福岡県春日基地)が配置されており、那覇基地の南西航空方面隊は奄美大島から南のエリアをカバーする。
■南西航空方面隊の対応「ほとんどが中国」
空自の緊急発進は、2012年に日本が尖閣諸島を国有化して以降、中国への対処が増え、ここ数年は900~1000回程度の水準で推移している。防衛省統合幕僚監部の資料によると、全国で実施している緊急発進対応のうち、6割強を南西航空方面隊で実施している。
直近の防衛省統合幕僚監部の資料によると、1月20日現在、2022年度の第3四半期までの緊急発進実施状況は785回で、対前年度比で170回減少したものの、13年度以降でみると、「平均的な水準」だという。
緊急発進の対象国を地域別で見ると、中国機が約75%、ロシア機が約22%、その他約3%。全体の緊急発進回数のうち、北部航空方面隊は86回、中部航空方面隊は21回、西部航空方面隊は91回にとどまり、南西航空方面隊の対応は414回に上り、52・7%を占めている。
南西航空方面隊トップの谷嶋司令官は「中国の航空戦力の活動は、もはや東シナ海にとどまらず、範囲をさらに拡大している」と指摘する。
自衛隊が特に危惧しているのが、飛行時間が長い無人機(UAV)による活動だという。2018年に東シナ海で初めて活動が初確認されて以降、沖縄周辺での飛行が増えてきている。
22年8月、ペロシ米下院議長の訪台に反発する形で、中国は先島諸島周辺にも訓練空域を設定し、日本の排他的経済水域(EEZ)内にもミサイルを落下させた。その際、中国の無人機が沖縄本島と宮古島の間を抜けて先島周辺で活動を実施した。その後の11月には沖縄本島の東側で無人機の活動が確認された。
さらに中国の艦船も、沖縄本島と宮古島との間の海域や、台湾とフィリピンとの間のバシー海峡を抜けて、西太平洋で活動を活発化させている。
防衛省によると昨年5月上旬から中旬にかけて、中国軍の空母が沖縄本島の南側から石垣島の南側で活動を活発化させ、艦載機やヘリコプターが延べ300回以上離着陸を繰り返した。
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■「台湾有事」への危機感強く
現場を預かる司令官は、いわゆる「台湾有事」の可能性をどうとらえているのか。
谷嶋司令官は「具体的にいつ、どういう事なのかは予断を持って言えない。説明を差し控える」と述べつつも、中国が南西諸島周辺で活動を活発化させていることを踏まえて「中国は自ら主張したところを実現するために、実際に行動する国だという認識を持っている」と語り、「台湾統一」による波及に備えて訓練や準備を進めていく必要性を述べた。
南西諸島周辺の「空」の緊迫感を谷嶋司令官は語り、「南西域はわが国防衛の要」だとも強調した。
一方で、有事が「起こらないことが最善」との認識も示す。沖縄戦を経験した県民が持つ複雑な感情についても理解を示し「分かりやすく、正しい情報を伝えていかなければならない」と語る。
■認識の「乖離」の中で…
昨年12月の安全保障関連3文書の決定を踏まえ、沖縄県内への自衛隊部隊の増強が今後も加速度的に進められる見通しとなっている。
南西諸島にはミサイル部隊の配備が見込まれ、将来的には他国に照準を合わせた「反撃能力(敵基地攻撃能力)」を担うスタンドオフミサイルが配備される可能性も取りざたされる。
こうした中で、過重な米軍基地の負担を抱える沖縄でさらなる自衛隊の配備が強化されることについて、沖縄県民には戸惑いや反対意見も強まっている。
琉球新報などが1月に実施した世論調査では、南西諸島への自衛隊配備強化について「反対」が54・2%に上り、「賛成」の28・7%とは大きな開きが出ている。
政府は、沖縄を安全保障の「最前線」と位置付けるが、具体的にどのような脅威が迫り、対応するためにどのような装備が必要なのか、県民にとって見えづらい状況が続いている。
自衛隊幹部らの抱えるひっ迫感と県民感情との「乖離」が埋まらないまま、岸田政権の「丁寧な説明」は置き去りにされて自衛隊基地の整備だけが進んでいる。
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