「台湾有事」という言葉を新聞やテレビなどで頻繁に目にするようになった。中国が台湾に対して軍事力を行使するのではないか、そこに米国が介入し、日本も巻き込まれるのではないか。日本国内で台湾有事に関する議論は盛んに行われている。では、“当事者”である台湾ではどうなのか。
昨年10月中旬、台湾で国際的な調査報道を手掛ける非営利ウェブメディア「THE REPORTER 報導者(バァオ・ダァオ・ズゥー)」が、「中国に虎視される列島線-沖縄はなぜ台湾海峡危機の中で注目される場所になったか(原題:中国虎視下的島鏈-沖縄如何成為台海危機的熱點)」と題するシリーズを発信した。(記事→https://www.twreporter.org/topics/taiwanyuji-first-island-chain-japan-okinawa)
中国が台湾に軍事侵攻する「台湾有事」が日本で取り沙汰される中、日本が台湾の安全保障問題をどのように見ているのかというテーマを設定。地理的、歴史的な距離が近く、台湾海峡の安全保障と密接に関連している「沖縄」に注目し、特集を組むことを決めたという。
シリーズは9本の記事で構成され、中国の台湾侵攻を想定した日米の軍事配置を図解などで分析したほか、「台湾有事」に巻き込まれかねない状況に置かれた沖縄の人々の切実な声も取り上げた。台湾メディアではめずらしいほど、沖縄の現状に関する手厚い報道となっている。シリーズの内容を紹介する。
「台湾と沖縄の食い違い」
台湾国外では台湾の安全保障問題(ここでは中国が台湾を侵攻することを指す)をどう見ているのか。「報導者」はこの問いかけを出発点として、昨年の5月から連載の取材に本格的に取り組んできた。その中でも重要な場所として注目したのが沖縄だったが、調査チームの国際ニュース編集長兼取材担当の張鎮宏(ザン・ゼン・ホーン)さんは事前の準備段階で「台湾と沖縄の認識に食い違いがある」ことに気づいたという。
特に調査チームが「危機感を覚えた」というのが、台湾国内でも限られた特定の主張が、台湾全体の意見であるかのように沖縄で取り上げられているのではないかという違和感だった。
昨年4月に那覇市内で開催された「沖縄・台湾対話シンポジウム」は、南西諸島の軍備強化に反対し対話によって地域の安定を図るべきだという趣旨の下、台湾からも関係者を招いて討議を交わす内容だった。このシンポジウムについて「報導者」の張さんは「招待された台湾側のマスコミの登壇者は台湾国内で知られていない。背景や発言も物議を醸すものがある。台湾の知日派や日本に在住する台湾出身者らにとって首をかしげる人選だ」と疑問を呈する。
「戦争回避へ団結を」 台湾・沖縄の連携確認 識者ら議論 那覇でシンポ(2023年4月30日の記事)
もちろん、「報導者」が疑問視した人選の基準について、シンポジウムを主催する「『台湾有事』を起こさせない・沖縄対話プロジェクト」にも言い分がある。プロジェクト共同代表の一人、岡本厚さん(元岩波書店社長)は琉球新報の取材に、「少数派、若い世代、平和運動的、そして論理的に冷静に議論できる方を選択の基準にした。『知名度』などで招く人を選ぶことなどない。沖縄側の論者も誰一人知名度がある人ではない。対話の内容こそが大事だ」と語る。その上で「(台湾側のマスコミの登壇者は)その役割を果たしたと考えており、彼の『台湾有事』論はきわめて説得的であった」と語り、沖縄が国境を越えて対話を交わす場となることの意義を強調する。
沖縄で起きている議論に”溝”を感じた台湾の報道陣だったが、「台湾有事」を巡って戦争への強い忌避感が沖縄にあり、米軍基地や自衛隊の増強に対する反発が少なくないことを考えさせられることにもなった。台湾の中で沖縄は日本の中の観光リゾートとしてよく知られているものの、戦争で甚大な被害を受けた歴史や広大な軍事基地が今も社会に抑圧を加えていることなど、沖縄の抱える矛盾や複雑さを多くの台湾人が理解していないことは否めなかった。
張さんは「認知の食い違いによる相互の不理解は大きな問題だ。台湾と沖縄の社会が国際的な情勢を誤って判断し、さらには悪意ある人々による認知戦の操作にさらされる可能性がある」と警鐘を鳴らす。
その上で「私たちは台湾と沖縄互いの理解の違いを深く理解し、まずは台湾が沖縄の基本的な立場を理解できるようにしたい。互いの苦境や現状の枠組みに対する信頼性のある認識が基盤となり、その後、互いの社会や知識界の交流は、より焦点が絞られ、互いを理解する機会を持つことができるだろう」と取材の動機を話した。
もし明日が「台湾海峡危機」ならば…
連載のスタートとして、「もし明日『台湾海峡危機』(以下:台海危機と略す)が勃発したら、世界は『台湾有事』にどう対応するのか」と想定し、日米の沖縄における軍事配備の現状を分析するところから着手した。
同報道によると、2022年8月以来、ペロシ米下院議長が台湾を訪れ、中国が台湾周辺で大規模軍事演習を行うなど、一連の出来事により台湾海峡情勢が世界的な関心事となった。台湾と深い関係にある日本は、国防予算を大幅に増額し、中国を「現代の日本にとって前例のない最大の戦略的な挑戦」と位置付けていることを報じた。
その中で中国とアメリカ、台湾の間に挟まれる沖縄に焦点を当て、特に沖縄の基地に着目した。基地の中でも、米軍嘉手納基地が「有事」の際の鍵となると指摘した。
「報導者」によると、嘉手納基地は台北からわずか650キロで、軍機が台湾上空に到達するのにわずか20分で済む。中国の脅威が増大している中での沖縄の状況にも焦点を当て、特に日本の航空自衛隊の存在が人民解放軍にとって日本に近づく最大の脅威となることを強調した。
年間80~90万人が訪れるのに、実は「よく知らない」
連載は国家間のパワーバランスをリアルに描きながら、渦中に置かれた沖縄の島々に暮らす人たちにとって安全保障を巡る考え方が一様ではないことを掘り下げていく。
沖縄は世界でも最も軍事基地が集中する密度が高い地域であり、沖縄の歴史だけでなく、基地が人々の生活様式と人生を変えていると紹介している。「報導者」は「台湾有事」への世界の臨戦シナリオを自ら確認するために沖縄を訪れた。その中で、沖縄本島、石垣島、与那国島で、異なる立場の取材対象者らと出会い、それぞれの「基地にまつわる人生」を聞いた。
取材を受けた沖縄本島の保育園園長は米軍機の低空飛行が「正常ではない」と指摘した。石垣市議会の議員は自衛隊の駐屯について日本政府が「台湾有事」をあおりたて扇動していると強調した。一方で、与那国の漁師は、軍備をなくせば戦争につながらないという考えは「単純すぎる」と主張した。
台湾から沖縄を訪れる年間観光客数は、コロナ前の2019年に90万人超に達した。沖縄を訪れる外国人観光客全体の中で国・地域別のトップが台湾だ。しかし、実は台湾人は沖縄をよく知らないのだと「報導者」は指摘した。
台湾読者の反応は?
「報導者」は、企業などの広告を一切置かず、台湾で初めて公益基金によって設立された非営利のメディア組織。自ら掘り起こした問題点を独自に取材調査して報道する「調査報道」を基本とし、ウェブサイトですべての記事を無料で公開している。沖縄関連の同シリーズの発表後、台湾の読者からどのような反応があったのかを取材チームの責任者である張鎮宏さんに聞いた。
張さんによると、一部の読者は中国の軍事的な圧力に非常に不安を感じており、「中国政府の侵略的な脅威は本物だ」と沖縄の人々に伝えたいというコメントも寄せられたという。しかし、多くは沖縄の人々の「基地にまつわる人生」に感動し、台湾と沖縄の双方向で歴史理解と将来の対話をより深めたいとの声が見られたという。
張さんは、読者が感動した理由について「取材対象者のさまざまな物語ではなく、沖縄に台湾を理解し、台湾と交流する意欲のある人々がいることだろう」と推測した。今回の沖縄特集を通して、「双方が互いをより深く理解し、交流し、互いの物語に共感し合う良性のサイクルを引き起こすきっかけとなることを期待している」と展望を語った。
(呉俐君)