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<第51回琉球新報短編小説賞受賞作>上地庸子「寄居虫(やどかり)」(7/7ページ)


この記事を書いた人 琉球新報社

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 年が明けて何日か経ったが、夫は帰ってこない。寝室で、私は起きていた。

 今日もやってくるはずだと信じていた。外界と隔てる玄関と掃き出し窓はもちろん、敷居のふすまも閉じられている。けれど寝室へ向かってくる彼の道を塞ぐことはないだろう。

 外は無風だった。庭に棲むはずの生き物は皆呼吸を止めてしまったかのように静かだ。やがて、小さな爪先がフローリングを擦る音がした。耳をすますと、わずかな歩幅で少しずつ這って進んでいるとわかった。重い荷を引きずるような音もする。どれも、日中ではけして耳に届かない微かな音だ。けれど、来訪をあらかじめ知っている私の耳に届くには、十分な大きさだった。

 体を起こして、カーテンを開ける。薄明かりが部屋に差し込んだ。

 オカヤドカリがいた。敷布団から少し離れて、彼は佇んでいた。殻はなく、剥き身の腹を薄闇に晒していた。実家から徒歩十五分の道のりを挟んでいても、貝殻を失った脆弱な身体であっても、家に入り込む隙間がなくても、彼は私を訪(おとな)う。

 天井板が軋んだ。屋根に重力がかかったと思った。実際にそうであってもなくても、私の中で確かならば起こったことだ。

 立ち上がってリビングのチェストへ向かう。骨壷を開ける。半球状の丸い骨を取り出す。何も守ることもなかった骨だと、今は思えない。掌に載せて、寝室へ戻る。しゃがみこみ、オカヤドカリの傍に骨を置いてやった。相手は間をおいてから、骨に近づく。触覚を近づけ、鋏で硬さを確かめ、肢で輪郭をなぞる。やがてカーブする骨の内側に腹を添わせ、下から持ち上げた。身体は一応、骨の中に収まった形になった。

 巻き貝に比べ、それはいかにも間に合わせの鎧だった。空洞の開け口は大きく、背と腹のつなぎ目は外に出てしまっている。身体を守る役目を担うには頼りない。けれど相手は、身と骨を馴染ませるように体を震わせてから、一歩踏み出した。

 私はオカヤドカリを持ち上げて左手に乗せる。窓を開けて、以前と同じようにコンクリートの地盤部分に置いてやると、すぐに肢を交互に動かし、砂利道を横断していく。相手は晃久の頭蓋骨を背に乗せて、草藪に消えていった。

 雲間に隠れていた月が姿を現した。街灯の橙色と青白い月光が溶け合い、目に映る草木の描線が際立っていく。風はひとつも吹かない。

「またいつでも帰ってきて」

 呼びかけに答える者はいなかった。

(了)

<受賞コメント>誰かを支える作品を

 「寄居虫」は7作目の小説で2022年11月に書いた。これまでは主に沖縄戦や基地を題材にしており、今回は新たな挑戦だった。みんな何でもないような顔をして生きているけど、その裏で苦しみや孤独を抱えている。そのありさまを書くことで「人間はみんなそうなんだよ」って自分を癒やすことにもなった。ラストシーンのイメージがパッと頭に浮かんだことも、この作品を書いたきっかけの一つだ。
 これまで賞に応募してもうまく結果が出ないので、「寄居虫」の後は書けていなかった。今回受賞できて「これからも書き続けていいんですよ」とエールを頂いたような気持ち。家族、友人、沖縄や関西でお世話になった方々に報告できることがものすごくうれしい。
 これまで小説を読むことが生きる支えになってきた。「私だけなんじゃないかな」と思っていた苦しさを「あなただけじゃない」と肯定してくれるような作品に救われてきた。自分も誰かにそういう風に思ってもらえる小説を生み出せたらうれしい。沖縄の純文学を生み出していきたい。