サンエーが大型店を次々手がけだした1990年代中頃。同社の正社員離職率は約24%に上っていた。厳しい環境に耐えられる精鋭だけが残ったとも言えるが、規模が拡大する一方で人材が定着しないのは組織としては大きな課題だった。25年以上たった今、サンエーの離職率は約4%と大幅に改善した。厚生労働省の2020年度雇用動向調査によると、小売業の離職率は13.1%。サンエーの離職率の低さは業界内でも際立っている。
■組織として人を育てる
30代で役員就任などサンエーは古くから才能のある若手社員を登用してきたが、それは組織として人を育てるというより、個人の努力や素質による部分も大きかった。それが組織として人を育てられるように変わったのは2005年頃だ。
株式上場を見据え、社内のあらゆる制度や規則を整えなければならないという中で、2000年頃から人事制度改革プロジェクトをスタートさせた。全社員対象のアンケートをとり、声を聞き、応えていくという方法で就業規則、研修などを作り上げ、業務改善も同時に行った。「人事が方針を出して変えるという方法もあったとは思うが、やはり社員の声を聞いたのが大きかった。一気に定着率が改善した」。人財育成室の玉城むつ子室長は振り返る。
「『人財』が最大の強み」というサンエーが20年以上試行錯誤しながら創り上げてきた人材育成の仕組み。現時点での結論はシンプルだ。
育てたいのは主体的に考えて自ら気付いて判断できる人材。そこでまず徹底するのは「善の発想」と「自主独立」という企業理念の教育だ。
「善の発想」とは、人を好きになることを心がけ、プラス発想で「お客さまの喜びを自らの喜びとする企業」を目指すこと。善の発想が、どんな逆境に置かれても物事をプラスに変え、乗り越えていく原動力になるーーという思いが込められている。
もう一つの「自主独立」は、自分の進む道は自分の責任で決めること。「事業はロマンであり、流通小売業は気配りの芸術」という創業者・折田喜作氏の考えをもとに、これらの実現には自主独立の精神が絶対のものとなるという経営哲学でもある。
例えば、売り場では店長や上司が不在のため、アルバイトであっても自分で判断して客に対応しなければならない場面もある。その判断の基準になるのが、企業理念に合っているかどうか。お客さま最優先の対応をしているか。そのため、入社時には正社員だけでなく、パート、アルバイトに対しても幹部がサンエーの理念について講話をする。店舗では毎年、店長から全従業員に理念について話す。大規模店になると数百人規模の従業員だが、数カ月かけて実施。従業員は最低でも年に1度は理念を再確認する機会がある。
理念教育だけでなく、仕組みで人を育てる部分もある。「育成ストーリー」と呼ばれる入社2年目までの新人教育では四半期ごとの目標を自分で設定し、自分の成長を自分で確認する。年に3回、店長やチーフ、教育担当のトレーナーと面談し、業務の習得の確認をしたり目標の修正をしたりしている。
最初は「面倒くさい」と反対の声が多かったが、離職率が高い職場ほど、上司が部下と向き合う時間を作ると定着率が高まるという分析結果も出ており、今では98%の人が「継続した方がいい」と答えている。玉城室長は「人にちゃんと見てもらっているというのが大事。悩みを聞く、話を聞くだけで変わっていく。聞けば解決できることがほとんどだが、そのきっかけがないと聞けない」と従業員の声に耳を傾けることの大事さを説く。
「従業員の声は宝物」
「声を聞く」という姿勢は労働環境の改善や人材育成だけにとどまらない。
サンエーのトイレの個室には子ども用イスのそばと上部の2カ所に鍵が付けられている。以前は子ども用イスのそばだけだったが、「子どもが開けてしまう」という客の声を受けて改善したものだ。サンエーは業務全般に関してパートやアルバイトを含む全従業員から「ひらめきアンケート」という業務改善の提案を受け付けている。このトイレの改善もアンケートで店舗スタッフから出たものだった。
このような従業員からの提案は2021年は1万件を超えた。その全てに上地哲誠社長が目を通し、どれに着手すべきか絞り込み、なぜ優先的にこの改善をしないといけないのか、判断の理由を経営幹部や部門責任者に説明し、担当部署も示す。
これらの情報は全従業員に共有され、自分の提案に対し社長がどんな判断をしたのかが分かるようになっている。玉城室長は「社長が全部読んで答えてくれるのを知っているから、みんなA4用紙ぎっしり書いてくる。それを社長の上地は『スタッフの声は僕の気付かないことに気付いてくれる宝物』と、とても大事にしている」と明かす。
このような環境は優秀な人材を引きつけている。以前は「アルバイトに優秀な人がいて、入社しないかと声をかけても入ってもらえなかった」と言うが、今は新卒内定者のうち、サンエーアルバイト経験者が占める割合は50%を超えている。「楽な仕事ではないことを経験した上で、自分が働く場所として選んでくれているのがうれしい」と手応えを感じている。
(玉城江梨子)