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任期途中の退任も相次ぐ 普天間移設、辺野古新基地も争点に データで見る宜野湾市長選 沖縄


任期途中の退任も相次ぐ 普天間移設、辺野古新基地も争点に データで見る宜野湾市長選 沖縄
この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社

 【宜野湾】8日投開票の宜野湾市長選は5日、選挙戦最終盤の三日攻防に突入する。届け出順に、無所属新人で前市議の桃原功氏(65)=立民、共産、社民、社大推薦=と、無所属新人で会社代表の比嘉隆氏(47)、無所属元職の佐喜真淳氏(60)=自民、公明推薦=が立候補。桃原氏と佐喜真氏による事実上の一騎打ちとなっている。過去の結果から保守系と革新系候補が激しく争ってきた市長選の特徴を紹介する。

(左から)桃原功氏、比嘉隆氏、佐喜真淳氏

 沖縄の日本復帰後初の宜野湾市長選となった1973年は、革新統一候補の米須清與氏が初当選した。77年には自民党公認の安次富盛信氏が市政を奪還。保守市政は2期8年続いたが、85年8月に革新候補の桃原正賢氏が当選し、97年まで3期12年務めた。

 正賢氏の後を継ぎ革新勢力から支援を受け97年に当選したのが比嘉盛光氏だが、違法献金問題で2期目途中の2003年に辞職した。以降、任期途中の市長退任が続く。

 任期途中の退任には、市の中心に位置する米軍普天間飛行場の返還問題も絡む。1996年に日米両政府が返還に合意した。だが、計画変更や返還時期が明示されないなど紆余曲折。普天間飛行場移設に伴う辺野古新基地建設の是非も市長選の争点になるなど、県内最大の政治課題となった。県知事選には、保革いずれも宜野湾市長が退任して出馬した過去がある。

 03年の市長選で保守候補の安次富修氏を破り初当選した革新候補の伊波洋一氏は、新基地建設問題を重要政策に掲げて知事選に挑み2期目途中の10年に辞任。後継で革新系の安里猛氏は再出馬した修氏を破り初当選したが、11年に心筋梗塞を発症し同年末に辞職した。

 12年の市長選では自公推薦の佐喜真淳氏が再出馬した伊波氏を下し初当選。保守系が約26年ぶりに市政を奪還した。佐喜真氏は16年には新基地建設に反対する「オール沖縄」の支援を受けた志村恵一郎氏を抑え、再選した。

 佐喜真氏は2期目途中の18年に知事選出馬で辞任。副市長だった松川正則氏がオール沖縄の支援を受ける仲西春雅氏を18年、22年と連続で破った。松川氏は今年7月26日に公務出張中の東京で逝去し、今回の市長選に至った。現在まで12年間保守市政が続いている。

 (’24宜野湾市長選取材班)