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【ちむどんどん第117話】芭蕉布復興に尽力した平良敏子さん 朝ドラ「ちむどんどん」キーワード集【ネタバレ注意】

平良敏子さん=2021年、大宜味村喜如嘉の芭蕉布会館

 ちむどんどん第117話では、智(前田公輝)と歌子(上白石萌歌)が、暢子(黒島結菜)のリクエストに応え、山へオオタニワタリを取りに行きます。しかし、智は歌子をかばってけがをしてしまいます。山小屋に避難し、二人きりになったとき、智はようやく自分の思いを歌子に伝えようとするのでした。117話では、暢子と和彦(宮沢氷魚)の「沖縄に住みたい」という思いがどんどん強くなっていく姿も描かれました。

 今日はその場面で博夫(山田裕貴)が見ていた、和彦の父史彦(戸次重幸)が残した昭和30年代の「山という原村実地調査」と書かれたノートに記された、「平敏江」さんという人物についてです。ノートには、「山原村の芭蕉布 聞き取り」と題して「平敏江 43歳 山原村出身」という記載と共に、芭蕉布の作り方が糸芭蕉を切り倒すところから細かく書かれていました。、

 ノートに記された「平敏江」は、人間国宝の平良敏子さんがモデルと思われます。平良敏子さんは1921年2月に沖縄県の大宜味村喜如嘉に生まれました。戦時中は勤労女子挺身隊として岡山で働き、戦後、染織家・外村吉之助氏から織りを学びます。46年に帰県し、沖縄戦で壊滅状態にあった芭蕉布作りに喜如嘉で取り組み、途絶えそうになっていた芭蕉布の復興に尽力しました。63年に芭蕉布織物工房を設立。72年に県指定無形文化財「芭蕉布」保持者、2000年に国の重要無形文化財「芭蕉布」保持者(人間国宝)に認定されました。平良さんは100歳を越えても、喜如嘉芭蕉布事業協同組合の事業などを通し後継者育成に尽力しました。平良さんは1週間前の9月13日に101歳で亡くなりました。

>>重要無形文化財「芭蕉布」保持者、平良敏子さん死去 101歳 人間国宝

>>【写真】戦後に伐採された畑から…芭蕉布復興に尽力 人間国宝・平良敏子さんの歩み


>>【まとめ】ちむどんどんキーワード集

▼ちむどんどんってどんな意味?

▼復帰前の沖縄、映画館と遊園地はなかった?

▼意味深な民俗学者の一言「19年の空襲で…」って?

▼「とうしんどーい!」って何? 沖縄県民には結婚式や旧盆でおなじみの曲

▼「まーさん」と言えば…ピンクと黄色のあのマーク?

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