「連載:セピア色の春―高校人国記」の記事一覧
さまざまな分野で活躍する人々の青春期をたどりながら、地域の歴史とともに県内各高校の歩みや校風を描く。
軍隊帰りの教師との出会い…金城実さん 生徒会で校則撤廃を訴え…宮國英男さん 前原高校(9)<セピア色の春―高校人国記>
金城氏の彫刻作品「苦悩する青年」 前原高校の管理棟の玄関に、拳を握り、地にうずくまる男性の像がある。作品名は「苦悩する青年」。作者は彫刻家の金城実(83)、1 ...
体育教師との出会いから日舞の道へ…若柳賀寿乃さん 「音楽一筋」ピアノ漬けの高校時代…泉惠得さん 前原高校(8)<セピア色の春―高校人国記>
今年2月の前原高校。見頃を迎えた桜の前で記念写真を撮る生徒ら 日本舞踊家の若柳賀寿乃(78)は前原高校の17期。体育教師との出会いを通じて、舞踊の基礎を学んだ ...
スポーツに情熱…名指導者に 花園初勝利の安座間良勝さん、バレー「優勝請負人」宇地原徳仁さん 前原高校(7)<セピア色の春―高校人国記>
1960年代初めの前原高校の校門(17期卒業アルバムより) 前原高校でスポーツに情熱をぶつける2人の高校生がいた。卒業後、高校教師となり、ラグビーとバレーボー ...
一度は別々の道へ 塩づくりに励むきょうだい 高安正勝、高安藤 前原高校(6)<セピア色の春―高校人国記>
与那城村(現うるま市)西原から現在の敷地に移転した頃の前原高校=1958年(創立40年記念誌「肝高」より) 前原高校を卒業し、別々の道を歩んだきょうだいが今、 ...
校庭で歌う「沖縄を返せ」…照屋寛徳さん 「学園の民主化」バリケードで除籍処分…山城博治さん 前原高校(5)<セピア色の春―高校人国記>
前原高校を除籍処分となった頃の山城博治氏(前列左) 前原高校の校庭に集結して「沖縄を返せ」を歌う人々。祖国復帰協議会の集会で「頑張ろう」と拳を突き上げる参加者 ...
山歩き、ギター弾き…海勢頭豊さん 書いたのは寛徳さん、叱られたのは私…新里米吉さん 前原高校(4)<セピア色の春―高校人国記>
グラウンドで開かれた生徒会役員選挙の演説会(第20期卒業アルバムより) 命の貴さや平和への誓いを歌う「月桃」の作者で音楽家の海勢頭豊(78)は前原高校の17期 ...
クラス半数が女子…に戸惑い、ソフトボールで全国総体に出場 當銘由親さん、中村正人さん 前原高校(3)<セピア色の春―高校人国記>
バレーボールを楽しむ生徒(創立40周年記念誌「肝高」より) 「しろがねの水脈(みお)のしぶきは さえざえと」の歌詞で始まる前原高校の校歌が制定されたのは、創立 ...
教科書を写して英語習得、バレーで活躍した平安座出身者…安里祥徳さん、奥田良正光さん 前原高校(2)<セピア色の春―高校人国記>
前原高校の2期生=1947年3月(奥田良正光氏提供) 前原高校の創立は1945年11月。具志川村(現うるま市)の高江洲初等学校(現高江洲小学校)で授業を始めた ...
玉城デニー知事「もてなかった」ロックバンド…母子家庭、常に仲間が 前原高校(1)<セピア色の春―高校人国記>
玉城デニー氏 玉城デニー(62)は1959年、与那城村(現うるま市)で生まれた。米海兵隊員だった父は帰国し、実母と養母に育てられた。 「おふくろはうちなーん ...
デニー知事、長髪の応援団員だった頃 「友と音楽に支えられた」前原高校
2022/02/11
#前原高校
笑顔で高校時代の写真を見つめる玉城デニー氏(池田哲平撮影) 前原高校の33期(1978年)卒業アルバムに、襟元まで髪を伸ばした男子生徒の顔写真が載っている。玉 ...
宜野座高校(8)服装検査に授業ボイコット 野球に明け暮れた日々 儀武剛さん、仲間一さん<セピア色の春―高校人国記>
学校の姿勢に反発し、授業ボイコットを呼び掛けた35期の生徒ら=1979年(宜野座高校創立五十周年記念誌より) 行動力と交渉力を高校時代に培ったという。元金武町 ...
宜野座高校(7)PC1台から情報通信、入学時の気づきから言語の世界へ 仲地孝之さん、仲間恵子さん<セピア色の春―高校人国記>
宜野座高校の校舎内。生徒のメッセージが並んでいる 琉球大学情報基盤統括センター教授の仲地孝之(54)は宜野座高校の41期。情報通信に関わる学生指導や研究活動と ...
宜野座高校(6)21世紀枠で甲子園に旋風 「禅問答」が自信に 東肇さん、安富勇人さん<セピア色の春―高校人国記>
「21世紀枠」で出場した第73回大会で4強入りを決め、大喜びで応援席に向かう宜野座ナイン=2001年4月、甲子園 2009年2月、宜野座村野球場。プロ野球阪神 ...
宜野座高校(5)勉強と部活、畑仕事に追われ 石川正一さん、當山智士さん<セピア色の春―高校人国記>
1970年代の宜野座高校本館(卒業アルバムより) 大育情報ビジネス専門学校などを運営する学校法人石川学園の理事長、石川正一(77)は宜野座高校の18期。「筆執 ...
宜野座高校(4)野球部創設に奔走、文芸に打ち込んだ青春 岡村正淳さん、浦崎康克さん<セピア色の春―高校人国記>
宜野座高校のグラウンドを整地する米兵ら=1960年ごろ(同校17期の卒業アルバムより) 大分県の「風成(かざなし)漁業権裁判」や宮崎県の「土呂久鉱毒訴訟」など ...
宜野座高校(3)アイロン台とハーモニカ、母が導いた学びの道 仲田美加子さん、伊藝美智子さん<セピア色の春―高校人国記>
1960年代の登校風景(創立40周年記念誌より) 貧しい暮らしの中でたくましく生きる母を人生の指針としてきた宜野座高校卒業生がいる。 沖縄県文化協会会長の仲 ...
宜野座高校(2)東京からの編入生 恩師と演劇との出会いが救いに 玉城忠さん<セピア色の春―高校人国記>
宜野座高校の旧本館。宜野座国民学校の校舎を使っていた(創立40周年記念誌) 宜野座高校の創立は1946年2月である。本島中南部の住民が集められた収容地区に置か ...
宜野座高校(1)聖火と共に駆けた2人、経済と文学の道ひたすらに 安里昌利さん、大城貞俊さん<セピア色の春―高校人国記>
聖火を迎えた久志村(現名護市)嘉陽で開かれた式典=1964年9月8日(県公文書館所蔵) 1964年9月8日。東京オリンピック聖火リレーの走者として沖縄本島北部 ...
黒島結菜さん「卒業式」は夏休み前 「先生とけんか、2人で泣いた」 糸満高校(11)<セピア色の春―高校人国記>
糸満高校の校舎5階の廊下。遠くに海が見える 女優の黒島結菜(24)は1997年、浦添市で生まれ、3歳の時から糸満市で育った。潮平小学校では駅伝チームの主将を務 ...
黒島結菜さん「お気に入りは5階の廊下」 泣いて笑った糸満高校
2021/12/03
#ちむどんどん
「ちむどんどん」の撮影に臨む黒島結菜さん(NHK提供) 糸満市出身の女優、黒島結菜(24)は来春に放送が始まるNHK朝の連続テレビ小説「ちむどんどん」の撮影で ...
「ヤングケアラー」「極貧だった」やがて県議に…玉城ノブ子氏、西銘純恵氏 糸満高校(10)<セピア色の春―高校人国記>
正門から図書館を望む(1970年ごろ、60周年記念誌「世紀の潮よるところ」より) 沖縄県議会に糸満高校出身で同じ会派に属する2人の女性議員がいる。貧しく、苦し ...
「怒涛」の精神で 舞台、報道の世界で活躍 富田めぐみ氏、池間昌人氏 糸満高校(9)<セピア色の春―高校人国記>
糸満高校の正門に立つ「怒涛」の石碑 琉球芸能を中心に舞台制作を手掛け、ラジオパーソナリティーとしても活動する富田めぐみ(48)は糸満高校46期である。「両親が ...
「栽先生に恩返しを」高校野球指導者にあこがれ 神山昴氏、上原忠氏 糸満高校(8)<セピア色の春―高校人国記>
甲子園初出場を決め、スタンドの応援団に向かって駆け出す糸満ナイン=2011年7月17日、沖縄セルラースタジアム那覇 沖縄の高校野球のレベルアップに尽くした栽弘 ...
家業を手伝い野球に打ち込む…當銘真栄氏 募らせた政治家への憧れ…新垣安弘氏 糸満高校(7)<セピア色の春―高校人国記>
1970年代の体育祭(60周年記念誌「世紀の潮よるところ」より) 糸満市長の當銘真栄(55)は糸満高校の40期。白球を追う高校球児だった。その時築いた仲間との ...
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