「沖縄戦」の記事一覧
<金口木舌>先人たちの高い美意識
2020/02/21
#沖縄戦
「テーゲーじゃない。琉球の美意識」。県立博物館・美術館で開催中の特別展「手わざ・琉球王国の文化」のパンフレットの一節だ。「テーゲー」はうちなーぐちで「大概」と ...
<金口木舌>1万人の1人として
2020/02/19
#助産師
15日付本紙に県助産師会元会長の奥松文子さんの訃報が載った。沖縄市上地で長年、助産院を営んだ。1982年に黄綬褒章を贈られた時、30年で1万人の赤ちゃんを取り ...
世代超え つなぐ平和 遺骨収集の沖縄県外若者ら 元学徒と対話
2020/02/19
#沖縄戦
沖縄戦の戦没者遺骨収集ボランティアのメンバーが18日、看護要員として戦場に動員された元白梅学徒隊学徒の中山きくさん(91)、武村豊さん(91)、宮平義子さん( ...
「みんな秀才だった。生きていたら活躍したはずね」 友を思い福祉にまい進<奪われた日・再生への願い―戦後75年県民の足跡㉑松堂昌永さん㊦>
2020/02/17
#沖縄戦
県立工業学校の同窓生と再会し酒を酌み交わす松堂昌永さん(柱の左の最後列)=1956年8月(松堂昌永さん提供) 首里の県立工業学校に通っていた松堂昌永さん(89 ...
「戦場に行きたくない」 入隊試験 白紙で提出<奪われた日・再生への願い―戦後75年県民の足跡⑳松堂昌永さん㊤>
2020/02/16
#沖縄戦
通信隊の試験を「白紙で出した」と明かす松堂昌永さん=12日、那覇市 太平洋戦争真っただ中、県立工業学校に通っていた金武村出身の松堂昌永さん(89)=那覇市=は ...
14人の埋葬場所、特定できず全容不明のまま 本部町健堅の遺骨発掘
2020/02/13
#戦没者
遺骨発掘作業をする日本、韓国、台湾の若者ら=9日、本部町健堅 太平洋戦争末期、朝鮮人2人を含む14人が埋葬された本部町健堅の土地で、8~11日までの4日間、日 ...
包括的な学びが重要に 沖縄戦から75年、県が継承へシンポ
2020/02/13
#シンポジウム
戦争、平和、基地などについて意見を述べる登壇者ら=12日、那覇市の沖縄タイムスビル 沖縄戦から75年の節目を迎えた今年、平和への思いを発信する「ぴーすふるシン ...
「地獄のような生活だった」 栄養失調や伝染病が蔓延する劣悪な環境で過ごした同期生、絆強く 85歳の生年祝い
2020/02/12
#トゥシビー
数え85歳を祝った本部中4期と伊野波中2期の同期生=1月29日、沖縄市中央のデイゴホテル 【本部・沖縄】本部中4期、伊野波中2期同期生の計30人が1月29日、 ...
発掘の人骨3片をDNA鑑定へ 沖縄戦時に埋葬した本部健堅の収集が終了
2020/02/12
#DNA鑑定
【本部】沖縄戦中、朝鮮人2人を含む14人が埋葬された本部町健堅の民有地で7日から行われていた市民団体による発掘作業が11日、終了した。8日までに見つかった人の ...
<金口木舌>墓標の向こうに見える希望
2020/02/11
#ガマフヤー
米写真週刊誌「ライフ」1945年5月28日号に沖縄を特集したページがある。沖縄戦の最中だが戦闘場面の写真はなく、歴史や風土の紹介という趣だ。タイトルは「沖縄― ...
日韓台で沖縄戦遺骨発掘 本部・健堅 東アジアの平和願う
2020/02/11
#沖縄戦
沖縄戦戦没者の遺骨を探す共同発掘プロジェクトの参加者ら=10日午後、本部町健堅 沖縄戦時中、本部町健堅に朝鮮人2人を含む14人が埋葬された土地で9日から日本、 ...
ごみ捨て場あさり、タバコの吸い殻集めで生き抜いた 7歳で孤児になった少年の戦後<奪われた日・再生への願い―戦後75年県民の足跡⑲嘉陽宗伸さん㊦>
2020/02/09
#沖縄戦
「苦しくても必死に生き抜いた」。首里孤児院があった場所で語る嘉陽宗伸さん=6日、那覇市首里当蔵町 7歳にして一人で生きていくことを強いられた嘉陽宗伸さん(82 ...
実相知り平和の礎に 本部・健堅遺骨発掘 証言裏付ける進展期待
2020/02/09
#本部町健堅
【本部】沖縄戦で動員された朝鮮人2人を含む14人の遺骨が埋葬された本部町健堅の遺骨共同発掘プロジェクトの本格始動の集まりが8日、同区の公民館で開かれた。日本や ...
国の戦災報告書に沖縄戦も 副知事らが総務省に刊行要請
2020/02/08
#沖縄戦
全国戦災史実調査報告書の刊行を要請する謝花喜一郎副知事(右から5人目)や県選出・関係国会議員ら=7日、総務省 【東京】謝花喜一郎副知事や県選出・関係国会議員は ...
孤児院の写真に写る7歳の少年の戦争体験 「周りは水ぶくれした死体…」<奪われた日・再生への願い―戦後75年県民の足跡⑱嘉陽宗伸さん㊤>
2020/02/08
#沖縄戦
やせ細った子どもたちが集められたコザ孤児院。左上に写る白い皿を持った少年が嘉陽宗伸さん=1945年8月4日(県公文書館所蔵) その日は梅雨空から一転して晴れて ...
「父の手は命綱だった」 全盲の男性、見えない戦場逃げ回る <奪われた日・再生への願い―戦後75年県民の足跡⑰金城澄男さん>
2020/02/03
#沖縄戦
戦時中、通ることができなかった旧石川橋に立つ金城澄男さん=1月10日、うるま市石川の旧石川橋 「父の手は命綱だった」。戦時中、身体に障がいがある人々は家族の力 ...
「パラオの家に行きたい」 困窮で父の夢かなわず <奪われた日・再生への願い―戦後75年県民の足跡(16)岸本セツ子さん㊦>
2020/02/02
#沖縄戦
43年ぶりにパラオを訪れ屋敷跡で手を合わせる岸本セツ子さん(左から4人目)ら=1988年6月、パラオ(岸本セツ子さん提供) 太平洋戦争真っただ中、暮らしていた ...
「母は私を捨てたのか」 パラオでの記憶、今も女性を苦しめる<奪われた日・再生への願い―戦後75年県民の足跡(15)岸本セツ子さん㊤>
2020/02/01
#沖縄戦
母と引き離されたパラオでの戦争体験を振り返る岸本セツ子さん=1月28日、那覇市内 より良い生活を求めて南洋諸島に移り住んだ入植者の娘は戦争によって家族と引き離 ...
緑十字機、破片が伊江島に再び渡る 日本の降伏使節団乗せた機体 不時着地の住民から寄贈
2020/01/29
#伊江島
伊江島に到着した緑十字機。周囲には終戦を喜び「国に帰れる」と見物に集まった米兵約5千人の姿が見られる=1945年8月19日、伊江島(岡部英一氏提供) 【伊江】 ...
「よく生きていたね」と涙 大阪の89歳女性、75年ぶりに沖縄の同級生と再会「夢みたい」
2020/01/29
#10・10空襲
75年ぶりの再会に笑みがこぼれる加藤初子さん(前列中央)と同級生の島袋俊子さん(同左)、宮城俊子さん(同右)、登川キク子さん(後列左)。後列右は白梅同窓会の武村 ...
戦争でバラバラになった幼なじみに会いたい 宮里ジロウさん、平良達子さんを捜しています
2020/01/28
#人捜し
沖縄戦で生き別れた幼なじみを捜している加藤初子さん(左)と夫の宗雄さん(中央)、次女の幸江さん=27日、那覇市内 沖縄県那覇市垣花町出身の加藤(旧姓安次嶺)初 ...
「あれは戦争だったんだ」 手話を学び語り合うことで自分の体験を理解 <奪われた日・再生への願い―戦後75年県民の足跡⑭友寄美代子さん㊦>
2020/01/27
#沖縄戦
友寄美代子さんが3人の姉と戦前に撮った写真(写真裏に「十七歳春子さん 二十歳上阪の記念」、長女23歳、次女20歳、三女19歳、本人は6歳) 聴覚障がいがあり、 ...
戦後75年で平和を発信 県が2月12日にぴーすふるシンポ
2020/01/26
#沖縄戦
沖縄戦から75年の節目を迎えることを受け、平和への思いを発信する「ぴーすふるシンポジウムIN沖縄」(県主催)が2月12日、那覇市の沖縄タイムスビルで開かれる。 ...
死体の臭い、黒い煙… 無音の中の戦場は今も 聴覚障がい者が体験した沖縄戦 <奪われた日・再生への願い―戦後75年県民の足跡⑬友寄美代子さん㊤>
2020/01/26
#沖縄戦
通所する就労継続支援B型事業所「みみの木」の施設長と手話通訳者の手を借りて戦争体験を説明する友寄美代子さん=17日、那覇市若狭の同事業所 「爆弾の音が地響きで ...
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